第6話 最強の敵・そして… #2 閉じた心
うつらうつら仕掛けたところで、傍のインターホンが鳴る。
慌てて、手を伸ばして、通話スイッチを押す。
まさと「あー、俺。」
パール「ブースターのチェックと書き換えが終わったわ。よかったら、取りに来て。」
まさと「あー、わかった。」
なにか変更が加えられていないかのチェックと、対外アクセスへの強化を図った制御部分へのバージョンアップを、痛む体を押して、パールはやってくれていた。
早速それを受け取りにいく。
ミュウは今回ついてこなかった。パールに会うのが気が引けたのか。
まさと「ほい。ご苦労さん。」
パール「あ、はい。ミュウは?」
まさと「変わらず。かな? パールは、あれ、どう思う?」
パール「・・・・塞いでるだけ、と思いたいんだけどな。詳しく調べてみないと、はっきりは言えないわね。」
まさと「そうか。まぁ、甘えて来たり、自分の意思はある程度持ってるみたいだから、しばらく甘えさせてやろうと思ってるんだが、そういうんでいいんかな?」
パール「そうね。はっきりするまではそれでいいんじゃないかしら。私・・・嫌われてる?」
まさと「あ、いや。それは無いと思う。顔を合わしづらい、そんな感じかな?」
パール「ああ、分かるのね。じゃぁ、まかせるわ。私は、その辺まだはっきり分からなくて。」
まさと「俺だって怪しいけどな。一緒に行動する様になって、一月経ってないし。」
パール「というか、もうそんなになるのね。」
まさと「ああ、そうだな。そんなに経ったのかって気はしないでもない。それより、パールは何ともないのか?」
パール「ちょっと。飛ばされた時にあちこちぶつけたところが。けど、その程度だから。」
まさと「そうか。しかし、おっさんはラッキーだったな。アレ下に着けてなかったら、危なかった。」
パール「そうね。簡易な物だけど、障壁機能をつけておいてよかったわ。元々、雑菌避けでつけたんだけど。」
まさと「ああ、雑菌。それで、医療室とか、物々しい滅菌しないで済んでるのか。」
パール「御明察。」
ラルフ「うう・・・・。」
まさと「あ。」
すぐ横の治療槽から、声が聞こえた。
まさと「なんだ。また、そこに戻ってたのか。」
ラルフ「ああ。さすがに、きつかったのでな。」
まさと「なんてーか。御愁傷様。か。余り落ちこまないでやってよ、ミュウに移ると思うから。」
ラルフ「読みが深いな。そうしよう。なぁ、あれは、私の事をちゃんと呼んでくれるだろうか?」
まさと「知らん。」
ラルフ「うぐぅ。」
まさと「まぁ、ばれてたのは計算外だったか。ファルネは?」
ラルフ「来てくれない。」
まさと「そりゃぁ、つれぇなぁ。ミュウは・・・もうちょっとそっとしておいてやったほうが良いから、ファルネのほうはみかけたら見舞ってやれって声掛けとくよ。」
ラルフ「すまん。」
医療室から出たとこで、ファルネをみかけたので、急いで足掴んで引き摺り下ろす。
ファルネ「ソウイウコト シナイデクレ。」
まさと「わりぃわりぃ。急ぎだったもんで。」
ファルネ「ドウシタ?」
まさと「おっさん、いや、旦那のこと、見舞ってやってくれ。かなり泣き入ってるから。」
ファルネ「ハズカシイ。」
まさと「なんだ。ほんとに最近まで正体隠してたの?」
ファルネ「・・・・・ウン。」
まさと「まぁ、そういわずに。ほれ。」
ファルネを医療室に押しこむと急いでドアを閉める。
俺って意地悪?
パール「あら?」
ファルネ「・・・・・・・。」
ラルフ「おぉ。こっちだ・・・。すまんな。わざわざ。」
ファルネは大きくなって話せるモードに入る。
ファルネ「いえ。私は、フレイア自身ではないんですよ?」
ラルフ「かまわん。フレイアの心根を受け継いでいるのなら、傍にいてくれ。」
ファルネ「はい。」
パール「じゃぁ、私は他を見てきますから。」
パールが出てくる。
俺が扉のすぐ外に居たことで、納得した顔をする。
パール「あ、やっぱり。」
まさと「おう。どうだ?」
パール「いい雰囲気。」
まさと「そりゃよかった。じゃ、俺は戻るよ。」
戻る途中でファリアとすれ違う。
まさと「おう、いいのか? 出歩いてて。結構きついの食らってたろ。」
ファリア「俺は、酒飲めば治る。うっぷ。お前こそ、ほおっておいていいのか?」
まさと「酒って。ほんとかよ。ああ、俺、今、戻るとこだから。」
ファリア「そうか。あ、祝いのキスでもしてやろうか?」
まさと「飲んでない時にな。」
ファリア「はは。じゃぁな。」
まさと「ああ。痛むなら、パールに看てもらえよ。」
ファリア「ああ。」
部屋に戻ると、ミュウはぽつんとベッドに腰掛けて待っていた。
なんだか、今のミュウはすごく小さく見える。
まさと「待たせちまったかな?」
ミュウ「ん・・・・・んーん。」
一度頷きかけて、すぐ首を振る。気を使ってるな。
早く、何とかしてやれるといいんだけど。
気配がした。
人をコケにするかのようなまなざしをこの部屋の中に感じた。
気配のするほうを見る。
ダイア「・・・・。」
まさと「ダイア! くっ。」
身構える。
が、ダイアは臆すことなく、そのままの姿勢で、部屋の隅で腕組みをしたまま立っている。
まさと「・・・・何をしに来た?」
ダイア「様子を見に。」
まさと「見舞いだなんて言うなよな。」
ダイア「どうかな? そいつ、壊れたみたいだね。」
まさと「な、なにっ!」
ダイア「壊れたんだよ。苦しみに耐えられずにね。ふふっ。変な抵抗するから。ふふふっ。」
まさと「それ以上・・・言うな!」
ダイア「今は、やり合う気は無いよ。どうなるか、監視するのが今の私の役目だからね。」
まさと「今日こそお前のしっぽを掴んでやる!」
ダイアに挑みかかる。
が、ダイアはすっと横へ移動して、簡単にかわしてしまう。
ダイア「やめてよね。しっぽは。痛いんだから。」
まさと「い、今の、しっぽは、言葉の、あやだ。」
ダイア「それより、ほおって置くと、そいつ危ないよ。くくっ。」
まさと「なにっ!?」
ダイア「心を閉じてる。そのままだと、じきに動く事も出来なくなって、生きる力を失って、自滅。それでおしまい。既に何も食べられなくなってるし。ふふふっ。」
まさと「な・・・に・・・?」
一理あった。
ミュウは、ホエールに来てから、一滴の水も、食事も摂っていない。
俺とダイアが向き合っているこの状況で、動く気配すら見せない。
ダイア「さぁ、どうする? 楽しみに見させてもらうわよ。くくくっ。」
ダイアの姿が消えて行く。
その体を掴もうとしたが、俺の手はすり抜けるだけだった。
まさと「ミュウ?」
ミュウの様子が気になったので、声を掛ける。が、既に反応しなくなっている。
目も今までに無くうつろだ。
まずい。
ダイアの言う通り、このままではミュウは・・・。
慌ててミュウを抱きかかえると、俺は、医療室へ急いだ。
状況を理解したパールは別の医療室を立ち上げ、他の者の立入を禁止した。
パール「かなり、まずい状態になってる・・・。」
まさと「やっぱり、あいつの言う通りなのか・・・・。」
パール「瞳孔も開きかけてるし、反応も鈍い。いつ呼吸が止まってもおかしくない。そんな状態よ。早く、原因を調べて対処しないと。なんでもいいわ。彼女に刺激を与えてみて。」
まさと「刺激って。」
パール「びっくりさせるとか、とにかく、我に返りそうな・・・。」
まさと「じゃぁ、好きな匂い嗅がせてみるとか、ぶん殴るとか。」
パール「・・・・・危害を与えるのは無し。悪影響が怖いから。」
まさと「わ、わかった。とにかくやってみる。」
話しかける、大声で呼ぶ、酒や、食い物の匂いを嗅がせてみる。
とにかく色々やった。
が、ミュウはまったくそれらに反応しなかった。
パール「急いで。着けてるメディカルブースターがなければ、危ないレベルよ。脳波も弱くなってきてる・・・。こればかりはメディカルブースターでも・・・・・。」
まさと「そんなこといっても、もうやれることは・・・。」
パール「キスでもしてみる?」
まさと「・・・・・冗談じゃなく、そう思えてきたよ。」
パール「してみて。」
まさと「こ、ここでか?」
パール「どこかで隠れてじゃ、意味が無い。計測できない。」
まさと「・・・・・・・・いや、そうなんだが。」
覚悟を決めた。
しのごの言ってる場合ではない。
キスをすると、一瞬、計器に反応が出た!しかし、二度三度と、繰り返すうちに、反応は徐々に小さくなって行く。
パール「うーん。」
まさと「何か他に手は無いか・・・。」
パール「体にはなんの異常もないわ・・・だから、これは、心的なものがなにか原因になってるとしか思えない。」
まさと「心的? そういや、ダイアは心を閉じてるとか言ってたな・・・。」
パール「・・・・・・・・・・だとしたら・・・・もう手は・・・。」
まさと「ないなんて言わないでくれよ。」
パール「・・・・・ええ。一つだけある。」
まさと「なんだ? どうすりゃいい!?」
パール「・・・・・・ダイブするのよ。彼女の意識の中に。」
まさと「ダイブ!?」
パール「試作してる、精神感応制御システムの応用。ブースターにも部分的に使ってるわ。それを使って、互いの思考をリンクさせて、相手の深層に潜り込んで、原因を取り払うの。原理的には可能だけど、これは、心の問題だからね・・・・。」
まさと「そりゃ・・・。」
パール「それに、誰でもいいと言うわけには行かない。深層に入りこむには、最も気を許している人物でないと無理だわ。」
説明しながら、パールは既にその用意をし始めているらしい。
機材がテーブルに集められてくる。
まさと「なら・・・。」
パール「待って。説明が終わってない。深層に入ったからといって、成功するとは限らない。原因を理解し、それを排除できる力を持った人物が必要よ。誠意ある説得を試みなければいけないから、意識のレベルでね。」
まさと「見当がついてるんだろ・・・。」
パール「ええ。それと、最悪の場合、相手の影響を受けて、ダイブした側も同様の状態になる危険があるの。
覚えておいて。はい、これを着けて。」
パールからヘッドギアのような物を渡される。
俺にやれと言う事だ。
まさと「・・・・・俺で、適任だと思うか?」
パール「他に誰が居るの。適任かどうかは言えない。けど、他の者では出来ない。それは、あなたもわかっているはずでしょ。」
まさと「ああ。わかった。俺がやる。」
共にヘッドギアを着けて、ミュウと並んで、ベッドに横になると、パールが機材を立ち上げて行く。
パール「まず。自分が自分である事を忘れないで。でないと、飲みこまれて、おしまい。」
まさと「ああ、同じになっちまうってことか。」
パール「そう。リンクし始めると、声やイメージが色々見えると思うけど、それが相手の意識だと思っていいわ。それらを上手に手繰って、深層へ辿り着いてもらう必要があるの。自力でね。」
まさと「うーん。本音を探るって感じでいいのか?」
パール「そうね。一応、こっちからは、波形を監視してるけど、それ以上は分からないし、ダイブしたら自力で何とかしてもらうしかないわ。ダイブ中は眠っているのと同じ状態になるから。」
まさと「どうやって戻る?」
パール「平たく言えば、起きればいいのよ。眠りから。」
まさと「そうか。」
パール「こちらから確実に危険と判断したら強制的に引き戻せるけど、ダメージが残る可能性があるから、これは最終手段。そんなところね。じゃ、はじめるけど、心の準備はいい?」
まさと「ああ、いいぞ。」
ダイブをはじめて1分足らず。そこで、俺は意識を失い、やがて我に返った。
余りに膨大な記憶の津波に俺は押し戻されたといってもいい。
ミュウが生きてきた60年間の記憶、その総量を甘く見ていた。
パール「・・・・・落ちついた?」
まさと「ああ、しくじったよ。腐っても60年、だな。」
パール「まさか、記憶を全部覗いてしまうとは、私も考えてなかったから・・・60年分の記憶、普通の人間には酷だったかもね。」
まさと「いいさ。次は大丈夫だ。もう見る必要のない物は見ないし、記憶も大体整理出来たから。」
記憶は整理する事で圧縮された様になり、今また新しい記憶を蓄積する領域を得るものらしい。
60年分といっても、整理しさえすればなんとかなる。
さっきは、整理しないまま全部を受け取ってしまったから、俺の頭の中がパニックになっちまったと言う事だ。
ミュウは、アルヘルド動乱を終結させた英雄夫妻、ラルフ・グレンハート、フレイア・フレイグラードの間に生まれた。
生まれた時双子だったが、その片方、マリンは、習わしにしたがって、生まれてすぐもらわれて行く事になった。
ミュウ自身はこの時それを知る術はなかった。
グレンハート夫妻と、エルフの村の人達に愛され、ミュウは、育ってゆく。
ミュウが物心ついてすぐ、ラルフ、父がいなくなる。
アルヘルドのまつわる噂を追っての事だ。
そうして、ミュウと、母フレイアの、二人暮しが始まる。
やがて、フレイアは、病にかかり、伏せがちになった。
この時、フレイアはミュウにお守りとして、りゅうのまもりを渡す。
その母に栄養のある物をと、ミュウは、東の鍾乳洞近くの果物を取りに禁を破って入りこんだ。
そして、道に迷った上嵐にあい、入りこんだ洞窟でフレイムドラゴンと出会う。
想いに反して、フレイアの病状は年々重くなり、5年を経ずして他界する事となった。
以後、ミュウはステイリバー家と自分の家を行ったり来たりする形で、徐々に自分の生活を手にして行く。
そして。
ミュウがくさなぎを抜く事が出来た理由がようやくここではっきりする。
ミュウが聖地にもぐり込んだ事があるのだ。父と母の出会った場所に何かを求めて。
その時に、祠に入り、ミュウはくさなぎの刃を誤って触ってしまい、血痕を残した。
この事が、契約となり、ミュウが使用者と認められ、抜き取れてしまう原因となったのだった。
俺があの時抜き取れなかったのも、これに起因する。恐らくミュウに優先権があったからだ。
やがて、恋心も芽生えた。
ステイリバー家の長男、アスフィー。
村きっての魔導の達人であり、そのすがすがしい容姿もあって、憧れの人であった。
だが、アスフィー自身がほとんど村を空け、修行の旅に出ていたので、恋がかなう事はなかった。
そんなミュウにも、愛を知る時が来る。
ベクター・ハーバーライト。
セントヘブンの騎士団に所属する、駆け出しの剣士だった。
剣の技量も高く、騎士団の中では将来を有望視されていた。
自分の技量を鼻に掛けるでもなく、常に笑顔を絶やさないベクターに、ミュウは恋心以上の想いを抱いてゆく。
二人は当然の事のように、将来を誓い合う仲となった。
今後の情勢を乗切る為の、近隣諸国との調停の為の遠征。
その遠征からベクターが戻ったら、式を挙げるはずであった。
しかし、ベクターは戻ってはこなかった。
遠征中に野党に襲われ、ベクターは命を落としてしまったのだ。
ミュウの元に届けられたのは、彼の死を印した書簡と、彼の鎧と剣だけであった。
愛するものが次々と身の回りから居なくなる自分の運命をミュウは嘆いた。
ところが、そこへ、ベクターの死の真相が明かされる。
調停を嫌う勢力が、野党に扮して、遠征軍を襲っていたのである。
しかも、遠征軍は野党に臆することなく、情勢は有利。
野党の親玉をベクターが追い詰めるのだが、ここで悲劇は起きた。
命乞いをする親玉をベクターは許した。
そのベクターの隙を突いて、親玉はベクターを後ろから刺し貫いたと言うのだ。
真相を知ったミュウは、ファリア、ベクターの当時の同僚だったゴード卿に剣を習い、その親玉に扮した男を追う。
ミュウは、とうとう、その男を追い詰め、仇討ち戦を申し出る。ベクターの鎧を身につけて。
ミュウは、その男を圧倒し、後一撃でとどめをさすところまで行った。が、それは出来なかった。
その決闘の場に男の家族が見に来ていたのだ。
それを知ったミュウは、剣を納めた。
その家族を悲しませる事は、ベクターの本意ではないと思ったから。
男に、家族をないがしろにするような事があれば、その時こそ斬る。そう言い残してミュウはその男のもとを去った。
失意のミュウに、エドがマリンの事を話す。
自分が一人でないことに、わずかながら希望をつなぐことの出来たミュウは、今また明るい少女としての自分を取り戻す。
そして、その数ヶ月後。
5歳の俺と出会った。
その後は、ミュウは誰を愛するでもなく、今一度、俺に会う日までを過ごした。
これが、60年間に起きた事の大きなあらましだ。
俺は、正直、ミュウの事が哀れで仕方なかった。
ベクターの事だ。
戦の世とはいえ、ベクターの死は余りに理不尽だった。
さらに、その思い出さえも、魔獣のもたらした業火によって、家ごと灰となってしまったのだ。
ミュウにとって、それがどんなに悲しい事であったか。
パール「どうしたの? 準備はいいわよ?」
まさと「あ、ああ、ちょっと考え事。こいつ、すんげ〜苦労してる。」
パール「・・・・そう。じゃ、それが報われる様にしてあげないとね。」
まさと「・・・・・いいやつだな、お前。」
パール「知らなかった? さぁ、馬鹿言ってないで。」
まさと「ああ。」
再びダイブに入る。
今度はさっきのような失敗はしない。
ゆっくりと、深層部分をたどってゆく。
『戻ったほうがいいよ。』
どこからか、声がする。
まさと『ミュウか? つーか、全部ミュウか。声が聞こえるなら。』
目の前に老婆のイメージが現れる。
老婆『悪い事は言わない。やめておいたほうがいいよ。』
まさと『なんで?』
老婆『私の事は気にせずに、自分の国の女と繋がるほうがいい。寿命も違うのだから。』
まさと『おいおい。だったら、なんで、ベクターと・・・。』
老婆『若気のなんとやら。ほら、すぐそこに居るじゃないか。』
まさと『あ・・・ん? おお。パールのことか。あいつも俺も、その気はね〜よ。友達って感じだし。』
老婆『友達が接吻などするかな?』
まさと『わ。あ、そうか、そっちを見れるってことは、そっちも、俺の見てる?』
老婆『ああ、見えるよ。見える。何もかも全部。』
まさと『全部かい。いや、そりゃそーだ。まぁ、俺は、お前の本音に会うまで、戻る気はね〜よ。』
老婆『・・・・・痛いよ。それでも?』
まさと『い、痛いのか?』
老婆『本音など、そうした物。』
まさと『じゃぁ、俺のも痛いのかな?』
老婆『・・・・・・・かなり。痛い。八方美人なところとか。いいかげんなところとか。いろいろ。』
まさと『いたたたた。って、俺が痛いじゃないか。』
老婆『だからやめておけ。これ以上進むな。』
まさと『心配性なやつだな・・・ひょっとして、老婆心とかいう奴か?』
老婆『ふ・・・・その通りだ。後悔せぬと言うのならそれもいい。』
老婆の姿が消え、やたらプロポーションのいいミュウが現れた。
ミュウ『そんなに、あたしがいいの?』
まさと『お前、胸のでかいにも程があるぞ。うれしいけど。』
ミュウ『うれしいならいいじゃない。で、なに? 進むの?』
まさと『ああ、道を空けてくれ。』
ミュウ『だーめ。胸の事けなしたし。』
まさと『あ、気にしたか。すまん。ひょっとして、理想はこうありたいとか、そういう事か。』
ミュウ『まぁね。どう? 感じる?』
ミュウは胸をゆする。
まさと『いや、もうちょっと、ふつーのと言うか、あの、俺の手が覚えてるぐらいの・・・。あ。』
ミュウ『すけべぇ。』
まさと『・・・・・これは、誘導尋問に近いな。嘘発見器付きの。』
ミュウ『確かに、嘘は付けないね。』
まさと『老婆心の言う通り、ほんと、痛いなこりゃ。』
ミュウ『で、どうなの? 感じるの? 感じないの?』
まさと『戻るのか。そこへ。いや、しかし、胸が大きいと、苦労が多いとか聞くが。大丈夫か?』
ミュウ『そう、そうなのよね。そうそう。見栄張るのも大変で・・・。』
まさと『虚栄心・・・か?』
ミュウ『ぴんぽーん。いっていいよー。』
そのミュウが消えると、今度は子供が現れる。
子供『あそぼっ!』
まさと『今度は子供か・・・童心?』
子供『そうだよっ! あそぼっ!』
まさと『はい、言い当てたからね。通るよ。』
子供『あそぼっ!』
まさと『なるほど・・・子供ほど理不尽な物はないか。』
子供『リフジン? それ、おいしい?』
まさと『いや、おいしくない。食いたくもない。』
子供『じゃぁ、かくれんぼ。』
まさと『はいはい・・・・ってちょっと待て。そのまま出てこないつもりだろ、俺をほっぽって。』
子供『あ、わかっちゃった? てへへ。』
まさと『てへへ、じゃないぞまったく。ああ、あぶねぇ。』
子供『ねぇ。』
まさと『なんだ?』
子供『どうして、あたしと遊んでくれるの?』
まさと『妙な事を言うやつだな。俺は、初対面・・・・あ、そうか、ミュウがはしゃいでる時はこの童心の相手をしてるって事か。』
子供『ねぇ、どうして?』
まさと『さぁ、どうしてだろうなぁ? 俺も実はよく自分がわかってない。けど、アレだ、お前が、うれしそうにしてるのを見るのが好きだからかもな。』
子供『ふぅん。じゃ、行っていいよ。』
まさと『そうか? じゃぁ。』
子供『あ、待って。』
まさと『なに?』
子供『また、遊んでくれる?』
まさと『ああ。』
子供『にゃはっ。』
満面の笑みを浮かべ、童心が消えた。
そして、変わって現れたのは・・・・・ジェノサイドのやつだった。
ジェノサイド『何しに来たの?』
まさと『まさか。お前が原因?』
ジェノサイド『そんな事を言うと締めるよ。言ったろう、あたしは、あたしだ。』
まさと『あー、そう言えばそんな事を。』
ジェノサイド『あたしは、あたしの中の闇の部分だ。あたし自身だ。』
まさと『こらこら。自分で言うなよ。』
ジェノサイド『約束事に縛られたくない。』
まさと『・・・・・・納得。闇の部分かぁ。意外と本心に一番近い物かもな。』
ジェノサイド『お前だって、すごいのが居るじゃないか。』
まさと『うぐわっ。居るのか、俺にも、闇の存在が。』
ジェノサイド『・・・・・・趣味の悪い色をしてるけどね。』
まさと『うえ。どんな色なんだ。』
ジェノサイド『どピンク。』
まさと『・・・・・・・なんか、申し訳ない気分で一杯だ。』
ジェノサイド『おまけに、洒落にならない姿をしていて、脈打ってもいる。』
まさと『・・・・・・・・・・・・・・・・・こ、怖い、自分の闇が怖い・・・。』
ジェノサイド『闇とはそういうものだ。表に出す物じゃない。だからこそ闇・・・。』
まさと『・・・ああ、そういう事か。出ちまったんだもんなぁ。表に。』
ジェノサイド『それ以上言うと本気で締めるよ。』
まさと『わかったわかった。いじめに来たわけじゃないしな。で、俺は、何をやればいいのかな?』
ジェノサイド『馬鹿? 闇の欲求なんて、聞いてたらきりがないよ?』
まさと『いや、しかし、それでは通れんだろう?』
ジェノサイド『気付けよ。通る必要なんてない事に。本心はどこにでもいる。』
まさと『は?』
ジェノサイド『本心はあんたにはじめから、ついて回っている。なにも言えずに。あたしは闇だからね、言いにくい事でも、言ってしまえる。』
まさと『あ。』
ジェノサイド『あたしを頼んだ。老婆心も、虚栄心も、童心も、全部あたし。本心が居場所をなくした事で、皆、ばらばらになった。すごく居心地が悪い。なんとかして。それだけ。』
ジェノサイドが姿を消す。
全部、ミュウ。そして、それが居場所を失ってばらばらになっている。
本心が居場所を失って。
本心は・・・・・・。
居た。俺のすぐ傍に。気配もなく、音もなく。
悲しみを纏って、俺の後ろに漂っていた。
まさと『そんなとこに居たのか・・・。』
本心がぴくっとだけ反応する。
動けないのか。
やがて、本心は、ゆっくりとこちらのほうを向く。
本心のミュウは、シルフィーの様にいや、もっと細い線の体つきで、表情は怯え切っていた。
触ると折れてしまうんじゃないかと思えるほどに。
ミュウ『もう・・・・疲れたから・・・・。』
まさと『そうか?』
ミュウ『もう・・・・できることはないから・・・・。』
まさと『そうか?』
ミュウ『もう・・・終わるね・・・・。』
まさと『なんでだよ?』
ミュウ『終わりたいから・・・・。』
まさと『終わるなよ。』
ミュウ『終わらせて。』
まさと『終わらせるものか。』
ミュウ『だって、苦しいもん。辛いもん。悲しいもん。もう・・・嫌だよ・・・・。』
まさと『まぁ、色々あったみたいだしな。それはわかる。』
ミュウ『あの時、ポチに食べられちゃってたほうがよかったのかな?』
まさと『おいおい、そんなこといったらポチが嘆くぞ。』
ミュウ『ううん。あたしと会ったから、まさとは・・・まきこまれたんだもん。』
まさと『おーい。』
ミュウ『あたしと会ったから、辛い思いしてるんだもん。だから、あたし・・・消える・・・。』
まさと『む、無茶苦茶言ってるぞ、おい。』
ミュウ『あたしが皆も不幸にしてるし・・・・。』
まさと『何をいっとるんだお前は。』
ミュウ『皆にひどいこといったし・・・居ちゃいけないんだ・・・・もう・・・・・。』
まさと『・・・・・・・・・・・そうじゃないのは、もう分かってんだろ?』
ミュウ『・・・・・・・・・。』
まさと『お前が居なくなったら、皆がもっと辛いの、わかってんだろ?』
ミュウ『・・・・・・・怖いよ。』
まさと『ん?』
ミュウ『怖いの・・・だから・・・もう・・・・・。』
まさと『怖い・・・か。そりゃ、俺だって・・・・。』
ミュウ『だから・・・・ね・・・・・もう、いいよね?』
ミュウの姿が薄れて行く。
まさと『おいっ、ちょっと待てっ!』
ミュウ『ごめんね・・・苦労掛けて・・・。』
まさと『馬鹿やろっ! そんなもんへでもねぇっ!』
ミュウ『もう・・・苦しまないでいいから・・・。』
まさと『だからっ、全部自分のせいだなんて思うなっ!』
ミュウ『もう・・・悲しませたくないから・・・。』
どんどんミュウの姿が薄くなって行く。
まさと『待てよっ! 俺は、まだ、肝心なこと言ってねぇんだぞ・・・。』
ミュウ『・・・・・・もう知ってるよ・・・・・。じゃぁ・・・。』
完全にミュウの姿が消える。
まさと「俺はお前が好きなんだぞぉぉっ!」
俺は、眠りから覚めて、叫んでいた。
ヘッドギアをはずす事もせず、そのまま、動く事も出来ず、落胆するばかりだった。
パール「えーっと。どうぞ。殴っていいわよ。ちょっとぐらいその辺壊れてもいいから。」
まさと「ん?」
パール「・・・・あ、なんだ。笑い堪えてたのね。反応ないと思ったら。」
恐る恐るヘッドギアをとって、辺りを確認する。
ミュウ「だ、だめっ・・・限界・・・ぅあはははははははははははははははははははははははははははははははははっ・・・はっ・・・・はふっ・・・・・・うくぅ・・・・。」
まさと「ミュウ!」
隣のベッドでミュウがお腹を抱えて転がっていた。
ミュウ「い、いきなりそれ? いきなりそれぇっ?」
まさと「あ・・・いや・・・・勢いっつか・・・・。」
パール「まさとくん。」
パールがつんつんと俺をつつく。
振り向くと、パールが親指を立ててウインクしてる。
パール「やったね。もう大丈夫よ。」
ミュウのほうを向く。
ミュウは、笑いすぎて紅潮した顔で俺をじっと見て言う。
ミュウ「ごめんっ。もう大丈夫だからっ。」
まさと「そ、そうか・・・。なんか、実感ないけど・・・。」
ミュウ「あたしもねー。半分夢を見てた感じはある。」
まさと「正直、何がどう効いたのか、分からん・・・・。」
ミュウ「ん? どれだろうなぁ? どピンクの闇。」
まさと「ぐぁ。それは言うなぁっ。」
ミュウ「・・・で、ああ、皆なにかしら持ってるんだって思ったのと・・・。」
まさと「ふぅ・・・・そういうことか・・・で?」
ミュウ「一番は、そんなもんへでもねぇ。かな?」
まさと「へ? それなのか?」
ミュウ「うん。それ。」
まさと「そ、そうですか・・・。」
ミュウ「間一髪って感じだったかも知れないけどね。もう、全然だめだって思いかけた時に、それ聞いて、それで、そんなでもいいんなら、って思えて・・・。目が覚めた。」
まさと「そうか・・・。」
ミュウ「他の色々はともかく。まさとがいいなら、あたしもそれでいい。それと、悲しむ人が居るんなら戻ったほうがいいかなぁ、なんて。嘘だったら・・・ひどいよ。」
ミュウはウインクしながら拳を見せる。
まさと「あ、ああ。そん時はぶん殴るなり、蹴り飛ばすなり、好きにしてくれ。」
パール「もとのまんまでしょう。それって。」
ミュウ「これを総じて元の鞘という。かな? あはは。」
パール「じゃぁ、皆に無事を伝えるわね。」
パールはマイクを取ると廷内にアナウンスを流す。
パール『大変うれしいお知らせです。ミュウとまさとさんが、無事、元の鞘に納まりました。以上。』
まさと「ぐわぁ。なんじゃそりゃ。」
パール「えー、なに言ってるの。この騒ぎって、端から見たら、壮大な痴話喧嘩でしょ?」
ミュウ「・・・・・・・・・・・・う。」
いや、恥ずかしい台詞をぽんぽん言ってたからなぁ。否定できん。
この後、皆でラウンジに集まって作戦会議になった。
ラルフさんだけは、まだ水槽に浸かっている。
ミュウが戻った事で、色々状況もわかってきたので、いよいよ、こちらの行動ターンだ。
で、ミュウは、さっきから、むしゃむしゃと、出てくる料理を、食らい続けている。
長老「いや・・・・まさに、全快と言う感じかのぉ。」
エド「そうそう。それでこそミュウちゃんよぉ。」
ミュウ「んーーーーー?」
まさと「いいからいいから。お前は食いたいだけ食え。」
ミュウ「ん!」
まさと「で、具体的にどうしましょ?」
パール「そうね。謎のダイアの行動とか、色々あるけど、捕らわれてる、シルフィー、パルティア両名の救出が先決ね。」
まさと「だね。マリンさんと、ポチ、タマが行方不明ってのが気掛かりだけど。」
パール「状況からして、無事で居ると思うけれどね。恐らく、どこかでチャンスを狙ってるんじゃないかと思えなくもない。ブースターの解除信号を受信してないから、装着したままで居るんだと思う。体力の回復の為に。」
広江「うむ。まだ、ホエールの到着を知らないかもしれないし。」
まさと「そう言えば、広江さん、傷の具合どうです?」
ミュウ「う。」
広江「ああ。いや、それが。面白い事になってな。」
ミュウ「うぐっ。」
広江「以前、弾痕の話しをしたのを覚えてるか?」
まさと「ああ、ありましたねぇ。」
広江「あの弾痕のところに怪我をしたんだ。で・・・。」
ミュウ「ごきゅっ・・・。」
広江「メディカルブースターと言うやつのおかげで、弾痕ごときれいに消えたんだ。」
まさと「それは・・・転んでもタダで起きないと言うか、棚からぼた餅と言うか。いや、よかったじゃないですか。」
広江「いや、まったくだ。後は、予想外に寝不足なんだがな。」
まさと「あれ、ひょっとして、抱き枕?」
広江「うん。このところ、準備が追いつかなくてな。後で、お前の部屋に置きっぱなしのやつ取りに行っていいか?」
まさと「あ、どーぞどーぞ。」
気が付くと、がつがつと食いながらも、ミュウは目に涙を浮かべていた。
テーブルの下から、こそっと膝のとこに手を置いてやる。
ミュウは、その俺の手をぎゅっと握り返してきた。
まさと「美味いか?」
ミュウ「う、うん・・・。」
広江さんの事が結果いいほうに片付いてくれたので、ミュウもちっとは気が楽になったろう。
あとは・・・・・・・。
ファリア「おーい。ミュウ。そっちのそれ、ちょっと回してくれ。」
ミュウ「ん?」
見ると、ファリアの前にはその料理は行ってない。
まさと「ほれ。持っていってやれ。」
ミュウ「あ・・・・・。ん。」
ミュウが皿を持って、ファリアのところへ行く。
ミュウ「はい。」
ファリア「お、悪いな。」
適度に腑分けすると、ミュウはすぐ戻ってきた。
まさと「どうだ?」
ミュウ「うん。いつものファリア、かな?」
まさと「そうか。」
ファリアも、一段落。後は、おっさん、か。
ファルネは来ていない。
恐らく、ファルネはおっさんに付きっきりなんだろう。
今、水を差しに行っては、かえって申し訳ないので、後にするか。
廷内放送で、事の次第は理解できたろう。多少、誤解が混じったかもしれないが。
まさと「あ、パール。おっさんの具合どうなんだ?」
パール「・・・・・・・いい加減、その呼び方やめてあげたら?」
まさと「いいの。俺とおっさんは、それで通じるから。」
パール「仮にも、父親になるかもしれない人を、ねぇ、長老様?」
まさと「ちっ!?」
ミュウ「ぶっ。」
長老「・・・・・おっさんでええ。あれは、もう、じいさん並みに長生きしとるからのう。おっさんでも誉めすぎぢゃ。」
パール「あら・・・。まぁ、調子のほうはかなりいいみたいよ。明日には動けるようになるでしょうね。」
まさと「特効薬はちゃんと効いたみたいだな。」
パール「ええ、あの特効薬ね。昔話に花咲かせてたわよ、その特効薬。」
まさと「そうだろうそうだろう。」
真悟「特効薬って・・・なんだ?」
清美「・・・・鈍感。」
真悟「えええ? なにぃ?」
相変わらず、真悟は、平和ボケしてていい。
和むわ。実際。
パール「じゃぁ、明日、ホエールでの突入・・・・・いいかしら?」
まさと「そうだな。反対する理由もないし、早いほうがいいだろうし。」
長老「そうじゃのう。」
パール「操艦はエドさんにお願いします。マーガレットは突入要員になっちゃうので。」
エド「おうよ。」
パール「ミルフィーさん、ガゼルさん、ローリーさん、ポップさん、ルビーは、突入中のホエールの守りをお願い。他が突入要員ですね。」
真悟「あ、俺達は・・・。」
パール「そうね。ホエールの中と、アパートの部屋とどっちが安全かしら?」
まさと「どっちもどっちじゃねぇか?」
パール「そうよね。明日、発進する段階で、安全そうなほうを選ぶ、といったところかしら。」
広江「私はどうしようかな?」
まさと「あー、ホエールでもいいと思うけど、真悟達がアパートに残るなら、そっちに・・・。リーヌも、か。」
広江「そうだな。現状、私の持っている銃じゃ、矢面には立てないし。」
リーヌ「そうですね。私も雑用以外ではお役に立てません。」
長老「ん? するとわしは突入要員かい? この年寄りがか?」
まさと「こっちの陣営では最強の魔法の使い手だと思うが。違った?」
ファリア「ちがわねぇ。」
長老「やれやれ・・・。」
段取りも決まったところで、解散。
俺とミュウは、抱き枕をとりに戻る広江さんと一緒に、久々に自分の部屋に戻った。
既に夜遅くなっていたが、避難はして居るものの、電力は供給されているので、アパートは明るかった。
広江「じゃぁ、私は、ホエールに戻る。明日寝坊している様なら、誰か呼びにこさせたほうがいいか?」
まさと「あー、それは大丈夫だ。多分、叩き起こされるから。」
ミュウ「あ、そんなこといってると、ほんとにやるよ。」
広江「あはは。まぁ、ほどほどにな。じゃぁ、おやすみ。」
まさと「ああ。」
ミュウ「おやすみなさい。」
広江さんが戻ると部屋の中で二人きりだ。
冷蔵庫をあけて、コーラを取り出すと、奥の部屋へ。
ベッドを椅子代わりに二人して座る。
まさと「ん。ほれ。」
ミュウ「あ、ありがと。」
TVを付けてみるが、別段、なにもやっていない。どの局も砂の嵐だ。
ラジオをつけるが、こっちは地方の局のみ。それも、通常の番組らしいのをやってる。
別段、聞かねばならない情報が流れているわけでもない。
まさと「久々に戻ったと言うのに、おもしろくないな。」
ミュウ「しかたないよ。こんな時だもん。」
まさと「そりゃそうなんだがな。」
ミュウ「けど・・・・ほんと、今回は・・・。」
まさと「いや、恥ずかしい台詞、一杯聞けたから、チャラだ。」
ミュウ「ちゃ、チャラじゃないよ〜。それ〜。でも、まぁ、いいか。」
まさと「ん?」
ミュウ「だって。考えてみてよ。お互いの深いとこ覗き合っちゃったんだよ?」
まさと「これがほんとの深い仲。」
ミュウ「もう、茶化すし。まぁ、いいんだけどね。あたしも素直になりきれてなかったし・・・。」
まさと「多分、俺もな。ヘンな事一杯考えてたろ。俺。」
ミュウ「それはもう。」
まさと「そ、それほどひどかったか?」
ミュウ「ううん。
ひどくはないよ。男の考える事は、まぁ、大体分かってるし、その・・・想像通りで、逆に、安心したっていうか、ね。」
まさと「すまんな。想像通りで。しかし、60年分の苦労の記憶を一辺に見たときはほんと目が回った。」
ミュウ「ああ、あれ。見た? 全部?」
まさと「多分。まぁ、目を回してたから、見てないもんもあると思うけど。ベクター。ほんと、かわいそうな事したな。」
ミュウ「あ、やっぱり、その辺見られちゃったか。たはー。」
まさと「まずかったか?」
ミュウ「ううん。いい。ちょっと恥ずかしいだけだから。ベクターはね・・・。」
まさと「うん?」
ミュウ「ベクターは、生きてたら、いいおじさんだね。」
まさと「そうなるか。15年以上前だもんな。」
ミュウ「15年て言えばさ。まさと・・・・。」
まさと「うん?」
ミュウ「恋したことないの? この15年間。」
まさと「無い。女友達は居るには居るけど、それだけだったなぁ。」
ミュウ「変じゃない? それ。」
まさと「変だよな?」
ミュウ「あたしが聞いてんの。」
まさと「いや、そうなんだがな。実はな、一度、恋をして、それがずっと引っかかってたのに、今気が付いた。」
ミュウ「なに?」
まさと「お前。」
ミュウ「はい?」
まさと「いや、だから、お前。」
ミュウ「え、あたしっ!?」
まさと「いや、今更の様に驚かなくていいから。」
ミュウ「だって・・。あ。じゃぁ・・・・・。」
まさと「ああ。15年前だ。あの時から、あの、どこの誰とも知らないお姉さんが、どこかしら頭の隅にあって、なにかしらの効果を及ぼしていたような、いなかったような。」
ミュウ「あ・・・は・・・あは・・・・あはははは。」
まさと「笑うなよ。」
ミュウ「そっ・・・・・・・そう・・・・なんだ・・・。へー。」
まさと「お互い、ほとんど忘れてた事だったんだけどな。」
ミュウ「そうだね・・・この・・・コーラに感謝でもするかな?」
まさと「そうだな。ま、そういう話しだ。」
ミュウ「うん。あ、そうだ、お風呂、用意してくるね・・・。」
まさと「あ、そうだな。」
風呂に湯を入れはじめて、ミュウが戻る。
ミュウ「ねぇ・・・・・。」
まさと「ん?」
ミュウ「ほんとに・・・・・あたしでいいの? あたし、全然老けないよ? 一緒には死んであげられないよ・・・。」
まさと「何を今更な事を言ってる、このお馬鹿は。」
ミュウ「でもぉ。」
まさと「大体、お前自身そういう、一緒には老けられない夫婦の娘だろが。」
ミュウ「だから・・・・だよ。」
まさと「あのな。今ごろ、上では、その夫婦がいちゃいちゃ、昔話に花を咲かせとるんだぞ? そんなものへでもねぇよ。」
ミュウ「あ・・・・・・・うん。それが聞きたかったんだっ。」
先にミュウに入らせて、交代する時に背中を流してもらう。
ミュウ「はじめてか。背中流すのって。」
まさと「ああ、そうだな。念入りに頼むぞ。」
ミュウ「うん。背中・・広いね。」
まさと「そうか? 自分ではよくわからんけど。」
ミュウが部屋に戻り、ゆっくり湯船に浸かって風呂から上がる。
部屋に戻ると、ミュウは先にベッドに入って眠っているようだ。
そっと布団を上げて、起こさないように俺も中に入る。
ミュウ「ねぇ。」
まさと「あ、なんだ、起きてたのか。」
ミュウ「うん。不安で、寝つけない。やっぱり。」
まさと「そうか。俺も、不安じゃないって言えば嘘になるけどな。」
ミュウ「あのね。覚醒の儀の時のこと、前にシルフィーから聞いたよ。」
まさと「あ、ああ、あの話しか。」
ミュウ「好き合った者同士が一夜を過ごしただけじゃないかって話し・・・・すごく納得出来た。」
まさと「ああ。多分、そういうことだと思う。ファルネも、余分なものが付いて伝記になったとかそういう事言ってたし。」
ミュウ「考えたら、今日って、その夜になるかもしれないんだね。」
まさと「そうだなぁ。うまくすれば明日全て解決できる可能性はある。勝算は未知数だけどな。」
ミュウ「そうだよね。何とかしなきゃ。」
まさと「ああ。俺だっていざとなればルーンのあれがあるし、頑張ればなんとかなるよ。それに、今度は皆一緒だしな。」
ミュウ「うん。けど・・・。」
まさと「やっぱり不安か?」
ミュウ「少し。それと・・・・・まだ、実感が無くて・・・。」
まさと「なんだ? 実感て。」
ミュウ「えっとね・・・・好かれてる事の・・・。」
まさと「ん? キスでもしてやろうか?」
ミュウ「あ・・・・・・・・・・・もっと、しっかりした確証が・・・欲しい・・・かな。」
まさと「・・・・・・・それだと、思い付く物が一つしかないぞ。」
ミュウ「うん・・・・・・・・抱いて。そうしたら・・・・きっと今より強くなれると思うから。」
まさと「ああ・・・そうかもな。俺もそうしたい。」
そして、互いを求め合った。希望の光をつかむ様に。たった二人だけの空間で。
ミュウ「彼の者に力を。だっけ?」
まさと「はははっ。そこだけ言っても効果ないだろ。」
ミュウ「気持ちの問題。」
まさと「じゃぁ、彼の巫女に愛を、彼の者達に永劫の祝福と誉れを。だな。」
ミュウ「ルーンよ、いざ力を!・・・・・・・・・・・・・・うん。勇気出た。」
まさと「そりゃ良かった。で、俺達は伝説になるのか?」
ミュウ「どぉだろねぇ?」
何か、体温が上がってゆく気がしないでもなかったが、ま、気のせいかもしれない。
そうして夜は更ける。
夜空には、無数の星がきらめいて見えていた。
ここ数日都市機能が麻痺していたせいで空気が澄んでいたから。
その夜空をベランダに腰掛けたファルネが微笑みながら見上げていた。
ファルネはダークキャッスルの上部をしばらく見つめると、ホエールのある空間に向けて飛翔していった。
そして。
ダークキャッスルに突入する朝がやってくる。