第4話 遠き異国の地にて #6 UPB特捜部

マイテーに連絡を取ると、皆、まだ心配して待機してくれていた。
ひとみさんが車で近くまで迎えに来てくれるというので、わかりやすい公園で待ち合わせることにした。
で、ここは既にその待ち合わせの公園。
夜も遅くなり、そこは恋人達の語らいの場所と化していた。

まさと「ちょっと、場所の選択間違ったかなぁ。どいつも雰囲気だしまくりで・・・。」
ミュウ「ははっ。こっちも対抗する?」
まさと「な、なにぅを!?」
ミュウ「はぁ。でも、上手くまとまってやれやれだねぇ。」
まさと「まぁ、そうだな。今夜は向こうでお泊まりだと思いかけてたからな。」

ベンチがどこもふさがってるので、植え込みのところで一休み。
俺は段の上に腰掛け、ミュウは、その植え込みの縁にもたれ掛かる。
すると面白いことに俺の顔の高さより、やや低いところにミュウの顔があるという、めったに無い環境が出来あがった。

まさと「なんか、俺よりも低いとこにミュウの顔があるっての、考えもしなかったな。」
ミュウ「ああ、あたしのほうが背が高いからねぇ。しょうがないよ。」
まさと「せっかくだから、しばらく見下ろさせてもらおう。」
ミュウ「はいどぅぞ。あたしは見上げさせてもらうね。」
まさと「しっかし。」
ミュウ「なに?」
まさと「そうしてると、ミュウなのか、ミュウじゃないのか、なんだか、良くわかんなくて、面白いぞ。」
ミュウ「そう? やっぱ、似合ってないのかな。ストレート。」
まさと「いや、そうでもないって。」
ミュウ「ほんとに?」
まさと「ああ、ほんとだ。」

いや、実に面白いと言うか、意外と言うか、ミュウがこんなにかわいく化けるとは思ってなかったのは事実だ。
口にすると怒るだろうからそこまでストレートには言わないが。

ミュウ「んー、変なこと考えて無い?」
まさと「い、いや、多分、考えてないぞ。」
ミュウ「なぁに? その多分てぇ〜。今、変なこと考えてます〜。って、顔に出てるんだけどな。」
まさと「なに。それはいかん。で、なんだ、その変なことって。」
ミュウ「ばっ、い、言えないわよそんなこと。」
まさと「な・・・なんなんだいったい。」
ミュウ「なんでも。なんでも・・・ない・・よ。けど・・・・。」
まさと「けど?」
ミュウ「周りがこういう雰囲気だと、こっちも変な・・・気分になっちゃうね・・・・・なんか変だ。ははっ。」
まさと「ああ、そ、それは言えてる。場所の選択ミスだったかもな。」
ミュウ「あ、ううん。こういうのもいいよ。たまには。悪くないと思う。」
まさと「そうか?」
ミュウ「そう。あたし、時々自分が女だって言うの忘れそうになるから、こういうのもいいよ。」
まさと「忘れるか。そんな大事なこと。」
ミュウ「え、あ、そうか。そう思ってくれてるんだ。へぇ・・・・。」
まさと「な、なんだよ。」
ミュウ「やぁ、なんか、うれしいかななんて思っちゃったり。さんざ悪く言ったり殴ったりしてるのに。」
まさと「ミュウ・・・。」
ミュウ「あ、あのね。実を言うと、あたし、ベクターが先に逝っちゃった時に、もう人を好きになったりするのはいいやって思ってた。凄く悲しかったから。」
まさと「・・・ああ。まぁ、そうだろうなぁ。そういう時は。」
ミュウ「けど、違ってた。」
まさと「そうか。」
ミュウ「うん。皆、一人じゃないんだよね。皆が居るから自分なんだし、自分がいるから皆だ・・・っていうか。あれ? 今、変ないいまわしになっちゃったかな?」
まさと「いや、そんなもんだろうさ。俺だって、お前やシルフィーや皆が居たからここでこうしてるのかもしれないしな。」
ミュウ「うん。そうだよね。けど、まさとが居なかったら、あたし、2、3回は潰れてるなぁ。」
まさと「おいおい。そうなのか?」
ミュウ「多分ね。そんなに頑丈に見える?」
まさと「あ、いや、どうだろうな。お前、体は丈夫だけどな。考えたら落ちこんだりはあるか。よく。」
ミュウ「うん。今日もね。まさとが帰ってこないかもって思ったら、凄く不安になった。だから・・・。」
まさと「ああ、それで、強行潜入か。」
ミュウ「ま、ね。丁度、エステに行くついでもあったし。ひとみさんに思いっきり頑張れって言われちゃったし。」
まさと「うわぁ。ひとみさん、無茶だそりゃ。意外と、度胸あるんだよなあの人も。」
ミュウ「あ、迷惑だったかな?」
まさと「おっと。そういうんじゃないよ。方法は強引だったけど、結果丸く収まったしな。ありがとうな。そうじゃなきゃ今ごろここでこうして無いって。」
ミュウ「だと、うれしいな。」
まさと「そうだよ。」
ミュウ「あ、じゃぁ、ちょっと甘えて・・・いい・・・かな?」
まさと「なっ!?」

何を思ったのかミュウは俺の肘に自分の腕を通してもたれ掛かってくる。

ミュウ「だめ・・・?」
まさと「いや。ダメって事も無いが、なんか気弱になりすぎてないか? 大丈夫か?」
ミュウ「あ、それは大丈夫。だと思う。今だけでもいいよ。」
まさと「だぁぁ。なんかものすごく謙虚なこといってるし。ほんとに平気か?」
ミュウ「うん。平気。」
まさと「なら、いいけどな。」
ミュウ「なんていうかな。あたし、一人で住んでたり色々だったでしょ。だから、こうやって、甘えたこと最近無かったし。そもそも、まさとにこうやってもたれ掛かっていられる時っていったら、限られてるでしょ?」
まさと「ああ、そりゃそうだが。並んで立ってる時はもたれるというより、覆い被さる感じになるしなぁ。俺低いから。」
ミュウ「そうそう。だから、もうちょっとだけ。ね。」
まさと「そうだなぁ。こうやってのんびり待ってるとか、そういうことも少なかったなぁ。矢継ぎ早って感じばっかりで。」
ミュウ「でしょ。」

ミュウはそのままジッとしてる。
俺も、動く必要も無いのでジッとしてる。
しばらく間があって、ミュウがこっちを見上げる。

ミュウ「んと。」
まさと「どうした?」
ミュウ「してみない?」
まさと「何をだ?」
ミュウ「えっと・・・キス。」
まさと「なっ。」
ミュウ「ちゃんとしたこと無いし。」
まさと「い、いや、そうだけどな。不可抗力みたいなのは結構あったが。」
ミュウ「うん、三回? 厳密に数えたら両の手でも足りないくらい。」
まさと「ん? 一回はおでこじゃなかったか?」
ミュウ「数に入れといてよ。じゃ、・・・ん。」

ミュウが目をつむる。

まさと「わぁ。」
ミュウ「・・・嫌・・・かな?」
まさと「いや、びっくりしただけだ。急だったから。こういうのはもっとこう・・・。」
ミュウ「えー、でも、雰囲気出すのって、あたし達には似合わないよ。」
まさと「・・・そういうことはっきり言うなよ。まぁ、雰囲気に関しちゃそうか。ほれ。目ぇつむれ。」
ミュウ「ぅん。」

一呼吸置いて口付ける。
以前の口移しの時程の動揺はなかった。抵抗感も無かった。
俺がミュウの方に手を回すと、ミュウも空いている右手を俺の背中側に回してくる。
やがてどちらからとも無く、腕の力が緩み、離れる。
・・・と。

シルフィー「わぁ。」
まさと「・・・・・・・・・わぁっ!」
ミュウ「あ、あは・・・よっ。」

俺達の目の前にシルフィーとひとみさんが立っていた。
ミュウは、照れ隠しか、おどけて挨拶して見せる。

ひとみ「ふふ。ちょっと早く来過ぎたかな?」
まさと「あはははは・・・・・。」
ひとみ「様子を見ようっていったんだけど・・・・・。」
シルフィー「ふぇ?」
まさと「あー、いや、いいっすよ。もどりましょうか。ん? シルフィー、その服。」
シルフィー「うん。マイ・ティーの服だよ。ちょっと練習してたのぉ。」


シルフィーは喫茶マイ・ティーのウエイトレスの制服を着ていた。
白のブラウスにオレンジのスカート。
こうして眺めてみると結構かわいい。

まさと「結構似合うもんだな。」
シルフィー「えへ。」
ひとみ「ミュウちゃん、綺麗になったでしょ?」
ミュウ「あ、やは。」
まさと「ああ。別人。別人。びっくりしたよ。さてっと。」

俺は植え込みから降り立つと、皆は車が止めてあるほうへ。
そして、ひとみさんの運転するマイテーの社用車で一路アパートへ。

ひとみ「また、大変だったみたいね。」
まさと「あ。まぁ。けど、そのおかげで戻って来れたってとこでもあるんだけどね。口で説明するより、だし。」
ひとみ「そう。」
まさと「あ、そうだ。ひょっとしたら明日から、警部補さんがいっしょに行動することになるかも?」
ひとみ「警部補さん?」
まさと「・・・あ。」

アパートの前に見覚えのある人が居た。
広江さんだ。
車をガレージに止めると駆け足でアパートの前に。

広江「戻ったか。今晩から寝起きを共にする事になった。よろしく頼む。」
まさと「そ、そうですか。ご苦労さんです。」


広江さんはボストンバッグを一つ携えてさっきまでのと同じスーツ姿で佇んでいる。

まさと「荷物、そんな物なんですか?」
広江「こんなものだ。張り込みに比べれば多いほうだが。」
まさと「ああ、必要な物だけってことか。」
広江「そういうことだ。」

広江さんを部屋に案内する。
早速風呂にでも入ってもらおうと思ったのだが、広江さんは頑として、最後でいいと、順を譲ろうとした。
仕方が無いので、俺達が順々に先に入り、最後に広江さんに入ってもらった。
広江さんは、フリルのついたなんだか、かわいいパジャマを着て浴室から出てくる。
意外な発見だ。

広江「どうした?」
まさと「いや。なんでもないっすよ。」
広江「そうか。」

広江さんは、バッグのところへ行くと、何やら取り出して、開封し出した。

まさと「なんすか?」
広江「あ、いや、き、気にしないでくれ。」
まさと「・・・・そうすか?」

広江さんはその取り出した物、何やらビニール製品の様だったが、それに息を吹き込んで膨らまし始めた。
それは、完全に膨らみきると、人の背丈よりちょっと小さめの、筒状に膨らんだ。

まさと「・・・・・えっと。抱き枕?」
広江「あ、ああ、そうだ。こ、これが無いと、寝つきが・・・・・悪いのでな。」
まさと「はぁ。なるほど。はい、使って下さい。」

堅物と思っていた、広江さんの、意外な一面ばかり見えて、なんだか得をした気分だ。
広江さんがその抱き枕に抱きついている様を想像してしまい、その意外さに吹き出しそうになるのを堪える。

広江「・・・・・・・。」
まさと「あ、いや。」


・・・・顔に出てたかもしれない。

広江「しかし。宗方君。ほんとにこの部屋で一緒に寝ているのか。不謹慎極まりないな。正直のところ。」
ミュウ「大丈夫。不謹慎なことは起きないから。」
まさと「そうだな。起きたらつか、起こしたら、俺は速攻で殺されるって。」
広江「・・・・・・・それはそれで物騒だが。」
まさと「まぁ、冗談ですよ。ほんとのとこ言うと、部屋分けちゃうと、危ないかもしれないんで。その、何が起こるか、ほんとわかんないし。だもんで、一緒の部屋に。成り行き上。」
広江「うむ。わかる話、ではあるんだがな。とりあえず、川の字という感じか。」
まさと「そうなりますね。」

ベッドのほうからシルフィー、ミュウ、広江さん、そして俺、の順で並んで寝ることになった。
間に入るあたり、さすが公僕か。

まさと「ああ、そうだ。明日は、どういう予定になってるんだ?」
ミュウ「あ、あたし聞いてない。」
シルフィー「明日ぁ、撮影だってぇ。明後日は、マイ・ティーでキャンペーンだって聞いたよ。」
まさと「そうか。じゃぁ、細かいことは、明日出社して聞けば良いな。」
シルフィー「うん。」
まさと「と、言った予定です。・・その。」
広江「そうか。あ、好きに呼んでくれていい。」
まさと「あ、じゃぁ、小染さんじゃ、広夢さんと区別しにくいし、広江さん、でいいすか?」
広江「ああ。それでいい。」
まさと「さて。ほんじゃ寝ちまいますか。電気消すよ。」


というわけで、今日という日にさようなら。
だと思ったんだけど、おまけがあった。
寝静まった頃、どういうわけか知らないが、広江さんがこっちへ転がってきた。

広江「ん・・・・。」
まさと「うにゃ?」
広江「まさと・・・・・さん。」
まさと「は、はい!?」

広江さんはそのまま俺に抱きついてくる。
おいおい。いくらなんでもそりゃぁ。まずいんじゃぁ。
しかし、広江さんはそのままはなれずに抱き枕よろしく、俺に抱きついている。
そうか。
寝ぼけてますか。広江さんは。

まさと「ひ、広江さぁん。ちょっとぉ。」
広江「んん・・・・。」

腕の力が緩む。
どうにか戻ってもらえそうだ。と思ったら、広江さんは・・・。

広江「・・・んむ・・・・・・むちゅ。」
まさと「お。」

何を考えたのか、俺にキスしてきた。

まさと「ちょっ!」
広江「・・・・・あ。」

やっと、広江さんが気がついた。

まさと「・・・・えっと。びっくりっす。」
広江「す、すまん。寝ぼけていた・・・。わ、忘れてくれ。」
まさと「いや、しっかり、俺の名前・・・。」
広江「違う。それは違う。まさと・・・・と言ったのだろう?」
まさと「はい。はっきりと。」
広江「フィアンセ・・・・の名前だ。正しい人と書く。」
まさと「なんだ。そういうことですか。」
ミュウ「ふうん。同じ名前なんだ。」
まさと「ぅお。」
広江「あっ。」
ミュウ「あ、いや、続き聞かせて。」
広江「・・・そ、それだけだ。お休み。」

広江さんは慌てて抱き枕を抱えなおすと眠ろうとする。
ちょっと滑稽。

まさと「・・・・こっちも寝るか。」
ミュウ「ん。」

いや、正直のところ、広江さんが一緒で、息が詰まるんじゃないかと思っていたが、要らぬ心配のような気がした。
翌日。
例によっていい匂いで起きる。

まさと「あれ?」
ミュウ「あはは。」
まさと「髪型・・・。」
ミュウ「うん、一晩したら戻っちゃった。」
まさと「ひょっとして、お前、すげぇ・・・・。」
ミュウ「うん。癖毛。に、なるのかな。これに落ち着いちゃうの、何やっても。」
まさと「そうか、まぁ、良いんじゃないか。それだって悪くないし。」
ミュウ「うん。今日、撮影だし、どの道戻さないといけなかったんだけどね。」
まさと「ああ、そうだな。」

さらば、エステティック・ミュウよ。か。
皆で朝食を取ると、マイテーへ。
広江さんも一緒だ。
まぁ、広江さんが厳格そうな雰囲気を発散し続けてたので、皆緊張気味だったが。
俺達だけは平平凡凡と。

小染「あ、あのぉ。姉さん。」
広江「なんだ?」
小染「いや、あのね。その・・・。」

広夢さんはやっぱりどこか広江さんに遠慮気味。

まさと「あ、広江さん。目、目。睨んでますよ。」
広江「・・・ん。あ、そうか。悪かった。」

まぁ、警部補とやらが開発室をうろうろしてるんだから、皆緊張もするだろうけど。
そうこうしているうちに、スタジオの準備が出来たようなので、俺達は、社用車でお出かけ。
もちろん、広江さんも一緒だ。
スタジオにつくと、早速ミュウとシルフィー、ポチは準備の為控え室へ。

広江「ふぅむ。こういう場ははじめてだが、何かすることはあるか?」
まさと「いや、無いんじゃないかな。撮影はプロがやるし。俺達は、都合悪いとこがないか気にしてるだけじゃないかな?」
広江「そうか。見ていれば良いわけか。」

そうやって話している間も、目の前で広夢さん達も混じって、背景のセッティングをやっている。
ほんとの植物などの飾りつけと、ホリゾントの投影で、それらしい雰囲気を作る。
それと別に、合成用のブルーバックのステージも用意されていく。
俺も、小物やらなんやら運ぶ必要が出てきたので、結局動きまわることに。
広江さんは一人、壁の華。

広江「・・・・大変な物だな・・・。」

やがて、準備の終わったミュウ達が入ってくる。

ミュウ「お待たせ〜。」
シルフィー「ちゃ。」
ポチ「わふっ。」

こうして見てみると、ミュウの衣装はほんとに露出が多いな。
ミュウ自身もちょっと照れては居る様だ。

まさと「ファリアみたいだな。」
ミュウ「というか、それ以上? ちょっと寒いし。」
まさと「ああ、撮影始まったら、ライトの熱で暑いくらいになるぞ。」
ミュウ「へー、あれで? そうなんだー。」
シルフィー「ふ〜りふ〜り。」

シルフィーのほうは魔法使いの衣装。
ひらひらと、マントをたなびかせて体をゆすっている。

まさと「そっちも似合うじゃないか。」
シルフィー「そだねぇ。いいなぁ。これ。」

ポチは首輪だけはずして、そのまんま。
そしてミュウ達がステージに入っていよいよ撮影開始。
ライトに火が入って、助手が最終の調整をはじめる。

ミュウ「わ。ほんとだ。ぽかぽか。」
シルフィー「まぶしいよぉ。」

その後、最終の調整も終わり、本番。
パッケージだけでなく、おまけにもいろいろ載せるらしいので、撮影は結構時間が掛かった。
何度か小休止を入れながら夕方まで続いた。

カメラマン「はい、撮影終了でぇす。」
丸尾「はい、じゃあ、撤収はじめてくださぁい。」

さぁ、今度は用意した物の片付けだ。
ミュウ達は衣装を脱ぎに控え室へ。
全ての片づけが終わる頃には日が暮れかけていた。

ミュウ「やー、疲れた〜。シルフィー大丈夫?」
シルフィー「うん。疲れたけど、大丈夫だよ。面白かったね。」
ミュウ「そだねぇ。あんなに大勢で準備したり、色々あるんだね。」
広江「私も驚いた。大変だな、撮影一つで。」

帰りの車の中でそんな話しをしつつ戻る。

広江「ああ、済まない。この辺りで、下ろしてはもらえませんか?」
ひとみ「はい?」
広江「いや、約束があってな。今日は、夜遅くなると思う。」
まさと「あ、はい。ひとみさん、あの辺。」
ひとみ「あ、はぁい。」

車を止めるスペースを見つけ停車すると広江さんは車を降りて俺達と別れた。
遅くなるはずだったのだが、広江さんの帰りは思うよりも早かった。
いや、早いなんてものじゃない。
俺達が夕飯を終える頃にはもう戻ってきたのだ。

まさと「は・・・早かったですね。」
広江「・・・・・・・ああ・・・・・・・・・・そう・・だ・・・な。」

広江さんは別れるまでと打って変わって、どこか、暗いオーラを放っていた。
手には何やらコンビニの袋、中身はアルコールの類の様だ。

まさと「えっと。あの・・・・・。」
ミュウ「ちょっと・・・・・・。」
シルフィー「こっちこっち・・・・。」

ミュウとシルフィー突如引っ張られて奥の部屋へ。

ミュウ「・・・・・・・ありゃぁ、何かあったよ。」
シルフィー「うん。そっとしておいてあげたほうが良いと思うのぉ。」
まさと「何かって・・・・あ、まさか。」

思い当たることがあった。
広江さんにはフィアンセが居るという話しだ。
もし、さっき会いに行った相手がそのフィアンセだとしたら・・・。
これは、関わっちゃいけないことのような気がする。

広江「・・・・・・宗方・・・・ちょっと。」
まさと「え・・あ、はいはい。」

呼ばれたので仕方なく広江さんの居るキッチンのほうへ。

広江「・・・・・酒は飲めるか?」
まさと「酒? まぁ、舐める程度ですかね。普段はあんまり飲まないし。」
広江「・・・・・そうか。・・・・・・・・飲めるだけでいい、付き合ってくれ。」

広江さんがコンビニで買ってきたのはチューハイに日本酒に・・・・酒のつまみか。和風、ですか。
ミュウとシルフィーは向こうの部屋で何やら耳打ち中。
呼ばれてもいないので、こっち繰る気配は無し。
俺が付き合う以外なさそうなので、そうすることにした。
が、後悔は先に立たずとは良く言った物で、後悔した時には遅かった。
そこそこ酒が入ったところで、広江さんが話し掛けて来る。

広江「なぁ、宗方。・・・私は魅力が無いか?」
まさと「は、はいいいぃ?」
広江「ん。お世辞は良いぞ。正直に聞かせてくれ。」
まさと「えっと。・・・・いや、えっと、うん。きりっとしてるし、か、かっこいいなぁとか思う時はありますけど。」
広江「・・・・・・そうか。それじゃ、だめなんだろうか?」
まさと「な、なにが・・・です?」


ビンゴ。
どうやら、フィアンセと何かあったに違いない。核心に触れるまいと思う。
思ったのだが。

広江「正人・・・・いや、フィアンセが・・・元フィアンセになってしまってな・・・。わからないのだ。」
まさと「元・・・ぅわぁ。そりゃぁ・・・・。」
広江「・・・・わからないのだ。それで、お前に聞いた。私は女としての魅力が無いか?」
まさと「・・・・・・うー。お、俺、見る目があるとか、そういうのは無いですよ。でも、俺に聞いちゃうんですか?」
広江「・・・いや、広夢にこんな話しも出来んし、一番手近なのが、お前だったんでな。一応、周りの女性からのウケも良い様なんで、参考になる意見が聞けるかと思ったんだが・・・・・・。迷惑か?」
まさと「いや、迷惑なんてことは。そ、そんなに周りのウケ、いいかな? 俺。」
広江「・・・・・・ああ、うらやましいくらいにな。」

ふと、奥の部屋に目をやると。
ミュウもシルフィーもころんと横にひっくり返って、いや、こけた、そういう感じ。
ミュウなぞ、肩が小刻みに震えて居やがる。
・・・・また、笑ってやがるな。あいつ。
笑ってないで助けてくれよ。

まさと「んー。どうでしょうねぇ。あ、ポチ、お前はどう思う?」
ポチ「わふ?」


ええい。この際だ、ポチを巻き込んでしまえい。

広江「犬の意見を聞いてどうする。そういう趣味は無いぞ。」
まさと「そ、そういう趣味・・・って。あ、いや、広江さんにはまだ話してなかったっけ。こいつ、犬の姿をしてこそ居ますが、あっちの世界の獣人なんですよ。人の姿になったりするし。」
広江「これが、人なのか? どれ。」
ポチ「わ・・・わふ。」

広江さんは体を乗り出して、ポチをつんつんしている。

広江「犬じゃないか。」
まさと「いや・・・・だから、今は。です。」
ポチ「・・・・・・ぐぅ・・・。」

あ。
ポチのやつ、雰囲気を察してか、居眠りをはじめやがった。
ず、ずるいぞ、お前まで。

広江「・・・・・犬だぞ。」
まさと「ああ、ははっ。そうですねぇ。」


いや、参った。どうしたら良いものか。

広江「ん? 宗方・・・・・お前・・・・・今、困ってるか?」
まさと「え、あ、・・・いや、そ、そんな・・・・。」
広江「お前・・・・。困った顔、かわいいのな。」
まさと「ぶ。」
広江「ほら、もっと困って良いぞ。ほれ、困れ、困れ。」
まさと「ちょ・・・・ねーちゃんねーちゃん、ちょっと待ったりぃな。」
広江「何か問題でもあるか?」
まさと「いや・・・ちょっと・・・・だけ。」
広江「お前が正直に答えてくれないからだ。」
まさと「うーわ。俺が悪いんすかぁ?」
広江「ああ、意地悪だ。」
まさと「うはぁ・・・・。ほんとに、正直に言って怒りませんか?」
広江「ああ。」
まさと「・・・・・ほんとに? 目、座ってますよ?」
広江「怒らん。目は生まれつきだ。さぁ、有体に白状しろ。」
まさと「尋問しないで下さい。」
広江「職業病だ。気にするな。」
まさと「気にしますー。」

なんか、蛇に睨まれた蛙とはこういうのを言うのだろうか。
逃げ道が無い。

広江「どうなんだ? 魅力は無いか?」
まさと「うぅ。いや、なんてーか。魅力は・・・・あると思うっすよ。けど。」
広江「けど。・・・・なんだ?」
まさと「硬すぎるっす。何かしらにつけ。」
広江「硬い?・・・・うう、警察官がふにゃふにゃではどうしようもないぞ。」
まさと「・・・・・・・・・・・言った尻から、硬いっす。ナントカ超合金な硬さです。」
広江「ひ、ひどいことを言うやつだな・・・・・うぐ。」

とたんに目が潤む広江さん。
正直に言えって言ったの広江さんでしょうがぁ。

まさと「いや、あの・・・ですね。」
広江「・・・・・・ほんっと、困った顔はかわいいな。」
まさと「うぐ。」

そんなこんなで、夜遅くまで広江さんに付き合うことになった。
後になって考えたら、広江さんは、ウサばらしがしたかったのかと思うが。
相手するほうは大変である。

広江「で。改善すべき点はどこにあると思う? 簡潔に述べてくれ。」
まさと「また。硬いですよ。もうそっと、公私を分けてですね・・・・・。」
広江「・・・・警察官に公私を分けている暇は無い。」
まさと「いや・・・・だから。せめて、恋人の前では、柔らかく。」
広江「・・・・・・無理。」
まさと「なんで〜?」
広江「・・・・・・・・・昔からそういうのは不得意だ。」
まさと「・・・・・・・・せ、先天性ですか?」
広江「いや、後天性。・・・・・であると思いたいのだが。確証は無い。」
まさと「どうにかしましょうよ。広江さん、かわいいとこあるんだし。」
広江「ん? 今、かわいいといったか? どこだ?」
まさと「あ、いや。えっと。まぁ。うん。」

いや、いっぱいあるんですけど。
抱き枕無いと眠れないとか、寝ぼけるとか、そのほかにもなんとなく片鱗はいろいろ。
でも、口には出しにくいよなぁ。

広江「うん、じゃないぞ。曖昧なやつだな。」
まさと「すんまへん。俺、先天的に口は下手なモンで。」
広江「・・・・・・・・」
まさと「いいや。言っちゃいますよ。怒らないで下さいね。」
広江「ああ。怒らん。いじめたりはするが。」
まさと「それも嫌です。」
広江「わ、わかった。」
まさと「広江さん、ひょっとして、素の自分を見せるの怖かったりしますか?」
広江「・・・・・・・あー。怖くは無いが。見せたくは無いな。」
まさと「ああ、やっぱり。それです。たぶん。それで、堅物に見えるんだ。ほんとは無茶苦茶柔らかいのに。」
広江「卑猥な話しはするな。」
まさと「ち、ちがいますー。そういうんじゃなくて、どういうか、その・・・・。」
広江「いや、昨日の寝ぼけた時のことを言ってるのかと思った。」
まさと「えーっと。あー。それはー。・・・・・置いといて。」
広江「怪しいぞ。」
まさと「だから、尋問しないで下さいよ。なんて言うのか、肩肘張らずに、今みたいにしてれば、充分柔らかいっすよ。」
広江「今は、脱力してるだけだ。柔らかいとかいうのとは違うぞ。」
まさと「そうなんすか?」
広江「あたりまえだ。ふられて来たんだぞ。今。」
まさと「・・・・・・・・失言でした。」
広江「まぁ、言わんとしてるところはわからんでもないが。・・・・・・難しいな。」
まさと「やっぱり、肩に力入りすぎるんじゃないですかね。」
広江「そう・・・かもな。勝手にそうなる、というか・・・。」
まさと「まぁ、意識してそうしようとすると、かえって力入ると思うんで、そういうのがあるかもとは思うけど。」
広江「それは・・・・・そうだな。うん。ちょっと、考えてみる。済まなかったな。付き合わせて。」
まさと「いえ。気楽に行きましょ〜。気楽に。」
広江「・・・・気楽にか。お前の気楽さを分けて欲しいぞ。ほんとに。」
まさと「わ、分けられるもんなら・・・。」
広江「そうだな。じゃぁ、今日はもう、寝る。ぞ。」
まさと「はい。」

奥の部屋に行くと、いつのまにやらミュウとシルフィーは布団の中で心地よさげな顔をして、寝息を立てている。
少しは助けてくれてもよさそうな物を。
と、思いつつも、もう夜中を回っている。
まぁ、仕方が無いか。
俺も、広江さんもとっとと寝支度をして、布団にもぐり込んだ。
酒が入ったせいもあって、この夜はほんと、ぐっすりと眠ってしまった。
お陰で、思いっきり寝過ごしてしまい、起きた時には、広江さんは本庁に用があると書置きを残して、居なくなってるし、ミュウ達もマイ・ティーでのイベントコスの為に出払っている。
といった有り様。
外からはわいわいと、なにやら人の気配が。
ベランダから、外を見ると、マイ・ティーのほうから、人の列が出来ている。
それが、延々伸びて、裏手の公園にまで回り込んできているのだ。
ネットのほうで、今日、発売直前イベントがあるのをみな嗅ぎ付けて、集まって来たんだろう。
これは人手が居るかもしれない。
俺は、冷や汗をかきながら、事務所の方へ。

ひとみ「あ、おはよう。あの二人、凄いねぇ。」
まさと「え? あ、人手居るんじゃ?」
ひとみ「ううん。ぜんぜん。二人とマスターで上手くやってくれてるわよ。」
まさと「へぇ、そうなんだ。」

俺は、急いで、マイ・ティーまで見に行った。

シルフィー「はいはぁい。静かに並んでるといいことあるかもしれないですよぉ。」
ミュウ「はい、お待たせ〜。注文これでよかった? ん。いいね。」


見ていると、待って居る者もちゃんと言う事を聞いているし、店の中もさほどの混乱は無い。
考えてみれば、シルフィーは人当たりの、ミュウは食い物関係のエキスパート、と、言えなくも無い。
驚いたのが、ミュウの手際の良さだ。
飲み物を沢山トレーに載せ、それをこぼすことなく、引っかかりの多い、鎧のコスを着ているのに、どこにも引っ掛けることもなく、店内を駆けずり回っている。
これは、才能と言うやつか。
体を使うことならまかせろ。というオーラを感じる。
これはもう、適材適所その物だ。

丸尾「いやぁ、ほんと、良い人材連れてきてくれたよ。」

すぐ後におじさんがやってきていた。

まさと「わ。びっくりした。あ、いや、俺も驚いてるっす。」
丸尾「今回の企画、ほんと大当たりだよ。マスターディスクもさっき工場に出したし、もう怖いくらいに順調。」


その時だった。
裏の公園のほうで歓声が上がる。それと一緒に聞き覚えのある叫び声。
魔獣の叫び声が。
魔獣らしいのが現れてるらしいのに歓声? ・・・・・やばい。
アトラクションかと思われたのか?

まさと「や、やべぇ!」
丸尾「今の、まさか?」
まさと「そのまさかです。こんなところに出やがるとは・・・。」

店の中から鎧姿のミュウが駆け出してくる。

ミュウ「まさとっ、ソーサルブースターは?」
まさと「いや、もって来てない。ちっ。仕方ない、お前、くさなぎ使うか?」
ミュウ「え、でも。」
まさと「いや、皆魔獣が出し物だと思ってる。お前がくさなぎを使って倒すほうが後々都合良いんだ。」
ポチ「ォオオオオオオオオンッ!」


ポチか? ベランダから魔獣に飛びつくかしたに違いない。
同時にまた歓声が起こる。
俺は、おじさんの体の後に隠れて、くさなぎを呼び出す。

まさと「くさなぎ! ほれっ、いけっ。」
ミュウ「うん。ブースターも!」
まさと「ああ。念の為、取りに上がる。更衣室だな?」
ミュウ「うん。ポケットに入ってる。じゃっ。」


ミュウはくさなぎを引っ下げて公園のほうへ。
俺は事務所に向かう階段へ。
わぁわぁという歓声が鳴り止まない。
時折、ミュウの気合が混じって聞こえる。怪我人が出なければ良いんだが。
事務所に入ると、ミュウの使ってるロッカーを探しだし、服のポケットに手を突っ込んで、ブースターを引っ張り出す。
俺が、公園側の窓までブースターを持って掛けつけると、ミュウが大きく縦一文字にくさなぎを振り下ろした瞬間だった。

ミュウ「でぇぃやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

体を二つに裂かれ、泡となって消える魔獣が確認できた。
やれやれ。

ミュウ「・・・・・ふぅ。」
まさと「・・あ。そうだ。・・・・お、お騒がせ致しましたぁ。只今のは当方でご用意致しました、アトラクションです。引き続きまして列を乱すことなくお並びくださぁい。・・・・・と、こんなものか。」

とりあえず、アトラクションとして片付けてしまおう。
公園の入り口で、銃を構えた私服の婦警さんらしい姿を見かける。
これは、説明しておいたほうが良いのかも。
銃を持っているということは、魔獣を見たはずだ。
慌てて、公園まで走る。
するとそこには。

婦警さん「上手く片付けたわね。あれを使わず、状況を利用して剣でとは。」
まさと「え・・・あ。ひろ・・・え・・・さん?」
広江「ん? どこかおかしい?」
まさと「どこがって。そりゃぁ。」

見ず知らずの婦警さんだと思ったのは、小染広江さんだった。
すだれみたいだった髪型をやめ、カールが掛けられているし、なによりも着ているスーツがスカートだった。

広江「まず見た目からと思ったんだけど、効果あった?」
まさと「あ、いや、ばっちり。広江さんだと思わなかったから、騒動になる前に話しておこうと思って、飛んで来てしまったくらいにばっちり。」
広江「ふふっ。ありがとう。でも、勤務中は、硬いからな。」
まさと「あ、はは。それは。うん。」
広江「で。お前達に伝えることがあってな。後で、集まってくれ。」


無事にマイ・ティーでのイベントも終了し、俺の部屋に、ミュウ、シルフィー、ポチ、広江さんが集まった。

広江「大事な話しだ。PT特捜部が本日付で解散になる。」
まさと「え? そりゃまた急な話しで。でもなんで?」
広江「ああ、ここからが本題だ。変わって、同じく本日から、UPB、アンアイデンティファイド・ポーテーション・ビースト特捜部が設立され、私は警部として編入されることとなった。」


そういって、気を付けをし、敬礼をする、広江さん。

まさと「そ、それって、昇進? 魔獣特捜部!?」
広江「ああ。そういうことだ。そこで・・・。」
まさと「まだ、あるんすかっ?」
広江「君達にUPB特捜部の特別顧問に就任してもらいたい。異存あるだろうか?」
まさと「と、特別顧問・・・て。」
広江「平たく言えば、魔獣の始末のお手伝いをお願いしますと言うことだ。今までと、そう変わらないが、今度は堂々と動けるぞ。で、手当ても心ばかりだが出る。」
まさと「・・・・・・・・すげぇ。」
ミュウ「えっと。それって、今さっきみたいに取り繕わなくても・・・。」
広江「そうだ。堂々と掃除してくれ。魔法でもブースターでも何でも使って。」
ミュウ「・・・わかったっ。」
広江「桜田門の一件で、魔獣の存在を隠し通せないと政府が判断した様だ。既に、ICPO経由で、国連の承認も出ているそうだ。正式な通達は後日になるそうだが。」
まさと「そ、それって、ひょっとして、この地球の責任この肩に乗ってません?」
広江「はははっ。それもそうだな。」
シルフィー「違うよぉ。地球とぉ、ティラとぉ、二つ分〜。」
まさと「はっ。そうだよ。星二つ分だよ。月まで入れると四つ分か? うわぁ〜。」
広江「責任は重くなるが、必要があれば自衛隊の出動も要請出来るぞ。」
まさと「ま、まじっすか? いや、そんな自体には遭遇したくは無いけど、すげぇ後ろ盾が出来たってことじゃないっすか!」
広江「そういうことだ。」
まさと「あ、でも、広江さんが警部ってことは・・・。高砂って人は?」
広江「ああ、高砂警部は、今日付けで定年だよ。その辺りの人事の調整もあって、UPB特捜部設立が急遽実施された。」

UPB特捜部。
よもや、広江さんとの出会いからそういうものが生まれ様とは。
明日、俺達の正式な身分証も発行されるらしい。
なんにしても、後ろ盾も出来て、正々堂々と魔獣に挑める環境はこの上ない。
手は抜けなくなるが、元より、そのつもりも無いんで、構いやしない。
その夜は、ささやかながら、ケーキを買って来て、設立記念パーティーと洒落込んだ。