第3話 ミスティック・ミュウ誕生! #9 ドラゴンの墓場

高熱で苦しむミュウの病状を回復させる唯一の植物、リストリアを求めて、俺とポチはライダーモード・マーガレットでティラの空をかっ飛んでいた。

まさと「あと、どのぐらいで着けそうだ?」
ポチ「そうですね。この早さだと半時間ぐらいかと。その後が大変で。」
まさと「そうだな。探さなきゃいけない。」
ポチ「瘴気のないところで障壁を止めれば、多分、匂いで追えると思うんですが。」
まさと「ああ、嗅覚な。それに頼るしかないな。」

とにかく速度を上げた。一刻でも早くドラゴンの墓場に着かなければ。
エルフの村では、こちらのリストリア捜索とは別に何か策はないか、皆がリビングに集まって、討議を繰り返していた。

パール「ああ、ソーサルブースターさえつけてくれれば体力の消耗は・・・・。」
カイゼル「着けたとして、あの格好か?」
パール「あの格好です。新規登録できる状態じゃなさそうだし。ほんと・・・。」
カイゼル「・・・・無理だな。あの様子では。」

ソーサルブースターをつければ消耗する体力をなんとかささえられる目処はあった。しかし、ミュウ自身の魔導科学への猜疑心が装着を拒ませたのだ。

カイゼル「まったく、ダイアめ、たいした置き土産をしてくれたものだ・・・。」

噂を聞きつけてマリンさんも駆けつけてきていた。

マリン「・・・・様子がおかしいのはわかっていたんですが、結晶核だったとは。こればかりは私にも・・・。」
カイゼル「気に病むなよ。」
マリン「はい。まさとさんなら、リストリアを持って帰ってきてくれると信じたいです。私は。」
カイゼル「それは、私とてそうだ。しかし、安穏と待つわけにもな。」
マリン「ええ。それと、魔獣のほうは?」
長老「今のところその一匹だけの様じゃ。儀式を邪魔しに来たのじゃろうのぉ。成功したのやら失敗したのやら、わからん様になってしもうたわい。」
カイゼル「いや、うまく行ったのだろう。一振りで魔獣が真っ二つという話しだったからな。偶然にも返り血を三神器が受けたことで、儀式は成立したと思える。だから・・・・・シルフィー。そんなに落ちこむな。」


壁にもたれて座るシルフィー。膝を抱えて一向に喋っていない様だ。

シルフィー「・・・・・・・・だってぇ。」
おばさん「とにかく。ミュウは、冷やしてやるしか、今は出来ることはないですねぇ。」
レーア「もうちょっとまってね。すぐ、キリーと、ターマルが、氷、持ってきてくれるから。」
ファリア「くそ。ほんとに打つ手がねぇじゃねぇか。」

ファルネは。地下祭事場で、アスフィーと睨み合っていた。

アスフィー「どうして、そんな目で見るんだい? 昔は、よく聖地で話しをしたじゃないか・・・。」
ファルネ「・・・・・・・・。」
アスフィー「そうだね、昔は昔。今じゃない。」
ファルネ「・・・・・・!」
アスフィー「うん。面白いね、彼は。あれほどとは思わなかったけどね・・・・。ふふふっ。」
ファルネ「・・・・・・。」
アスフィー「ひどいなぁ。」
ファルネ「・・・・・!」
アスフィー「うん。そうかもしれないね。それは僕も楽しみにしてるよ・・・・。」


一体どんな会話をしているのか、常人にはファルネの声は届かない。
ドラゴンの墓場に着いた俺は、いきなりの難関に地団駄を踏んでいた。
奥へと続く自然回廊中の細いところで、一匹のドラゴンが、死んでいるのか、眠っているのか、完全に道を塞いでいた。

ポチ「まいりましたね、こりゃぁ。匂いは確かに奥からしか着てませんし。」
まさと「どうしろってんだよこれ。いや、まじでな。うー、生きてるならなんとかどいて欲しいもんだけど。」
????「すまんな。本当に動けないのだ。」


どこからともなく声がする。

まさと「え? まさか・・・。」
????「そうだ。私だよ。ここをくぐろうとして足を完全に痛めた。動くことが出来んのだ。」


声の主は目の前のドラゴンだった。
小山のような体の向こうで頭が動いてこっちを見てるのが隙間から見えた。

ドラゴン「私はここで、朽ちる運命の様だ。」
まさと「おいおい。それじゃ困る。すぐ通らないといけないんだ。」
ドラゴン「ずいぶんと急いでる様だが。なにがあるのだ。いや、あったのだな、急ぐことが。しかし、動けないのは本当だ。なんとかどいてやりたいが、本当に動けない。すまないな。」
まさと「事情を話して動けるもんでもないだろうけど、一応話しておくか・・・。」
ドラゴン「ん?」

俺は、今なにが起きてるのかとにかく話すことにした。

ドラゴン「なるほどなぁ。その花なら確かにこの先にあるようだ。私にも匂いがわかる。しかし・・・。
どうしたものか。」
まさと「はぁ。まぁ、動けないんじゃ、確かになぁ。なぁ、他に奥を進むルートはないか?」
ドラゴン「いや、ここだけのはずだ。他のは大陸の向こうにしか入り口がない。どんなに急いでも数週間掛かるだろう。まぁ、無様なものだな。ここでこうやって、朽ちて崩れるまで私はとうせんぼだ。後から来る仲間にも色々言われるだろう。気が重くて仕方がないよ。」
まさと「そうなるか。でも、ドラゴンってのでも困る時は困るんだな。」
ドラゴン「はっはっは。そうだな。全知全能などといわれてはいるが。老いさらばえてしまえばこんなものよ。」
まさと「足が治れば良いんだがなぁ。」
ドラゴン「そうだなぁ。直るかも知れん。私がまだ寿命のあるうちは。しかし、何ヶ月も掛かるだろう。」
まさと「まてよ・・・。人間用の魔法って、効くか?」
ドラゴン「ああ、そりゃぁ効くだろう。魔法にも寄るだろうが。」
まさと「痛めた足は?」
ドラゴン「ほら。お前のすぐ前の足だ。筋を痛めてしまって今じゃ感覚もなく動かない。」
まさと「よし!」

俺は、ずかずかとその痛めた足に向かって進む。

ドラゴン「ん? なにをやるのだ?」
まさと「こうするんだよ。・・・・・・・リフレース!」
ドラゴン「ああ、回復魔法が使えるのか。それならばなんとかなるかもしれん。まぁ、頑張ってくれ。」
まさと「お・・・おう。」

思ったより、体力の消費が激しい。対象がでかいからか。

まさと「うぐはぁ・・・。」

数分で、眩暈を覚えて座りこむ。

ドラゴン「うーん。無理ではないか? 体のほかの部分に効力が分散してしまってる様だ。」
まさと「くそっ。やっぱりか。けど。・・・・・リフレースッ!」
ドラゴン「おお。続けるのかい。無茶だと思うがねぇ。」
まさと「ぐはぁ・・・。」

また眩暈を覚えて休む。

まさと「ぽ、ポチ!」
ポチ「へい。」
まさと「どっかで食いもんとか飲み物とか調達できないか? 体力がつづかねぇ・・・・。」
ポチ「へい。くんくん・・・・。あ、ありそうです。ひとっ走りいってきやすか?」
まさと「頼む。」
ポチ「わふっ。」

ポチはあっという間に駆けて行った。

ドラゴン「珍しいねぇ。ワーウルフだろう、あんなに人の言う事を素直に聞くやつははじめて見たよ。長生きはする物だ。」
まさと「ははっ。そうかい。それは、前にも言われたことがあるよ。昔は相当悪かったみたいだから、その裏返しかもと思ってはいるんだが。」
ドラゴン「ほぉ。改心させたのか。お前が。」
まさと「ああ、まぁ、たまたまな。よっと、リフレース。」
ドラゴン「いやいや、面白い話しだ。」

そうやって、休み休み回復魔法を掛けながら、俺はポチの戻るのを待った。
そして、その頃、シルフィーの家では。

ミュウ「マリン・・・・マリン・・・ねぇさん・・・。」
マリン「・・・え?」
カイゼル「なっ!」
シルフィー「! ・・・・知ってたんだ・・・・・。」
ミュウ「まさと・・・まだ?」
マリン「ごめん。まだ戻らない。」
ミュウ「もしも・・・・もしも・・・。」
マリン「えっなに!?」
ミュウ「あたしがダメだったら・・・・・あいつのこと・・・頼むね。」
マリン「・・・・・・・・ミュウ。ほんとに馬鹿ね、あなたは。」
ミュウ「・・・・うん・・・・あいつ以上か・・・・。パール、居る?」
パール「居るわ。」
ミュウ「ごめんね。ほんとに。」
パール「なに・・・言ってるのよ。」
ミュウ「戻ってきた・・・てことは・・・。」
パール「え、ええ。私は・・・捨て駒だった。準備させる為の。」
ミュウ「そう・・・ひどい話しだ・・・ね。ルビーね、エルブンに居るからね・・・記憶なくなっちゃったみたいだけど・・・きっと話し相手して・・・。」
パール「うん。さっき、会って来た。少しづつ忘れた記憶戻ってるらしいわ。私の事、わかったって。」
ミュウ「そう・・・。ねぇ、それ、使って本当に・・・・大丈夫・・・なの?」
パール「ソーサルブースター? 大丈夫! これは、私が完成させた物だから!」
ミュウ「へへ・・・凄い自信だ。」

ミュウはそう言いながら布団の中から手を差し出していた。

ミュウ「あいつを・・・待ってたいから・・・・。」
パール「・・・・うん。」

ポチが持ってきた果実を貪り食うと、俺は、回復魔法持久戦に再び挑んだ。

まさと「ぉし。・・・・リフレーッスッ!」
ドラゴン「頑張る物だな。足の感覚が戻ってきたよ。もう少しだ。頑張ってくれ。」
まさと「ああ、やんなきゃなんねぇんでな。」
ドラゴン「どれ。私も最後に一頑張りしないとなっ。人の分際でここまでやるやつが居るのだからっ。くおおおっ。」

<ズズズズ・・・ドズン>

ドラゴンが一歩前に進んだ。そのおかげで、マーガレット1機分通れそうな隙間が出来た。

ドラゴン「どうだ、これで通れるだろう。」
まさと「あ、いや、しかし、お前・・・。」
ドラゴン「大事なことがあるのだろう。ならば、行かぬか。」
まさと「ああ、あるよ。大事な物が。けど、あんた、ずっとここに居るつもりなのか?」
ドラゴン「さぁな。お前さんのおかげで少しは回復してきた。ちょっとずつくらいなら進めるだろうな。さぁ、行け。」
まさと「・・・・ああ。」

マーガレットを手で押して隙間を通し、それに続いて、俺とポチも隙間を抜ける。

ドラゴン「よしよし。通れたな。」
まさと「ああ!」
ドラゴン「ん? そのネックレスは・・・・。よもや神器か?」
まさと「あ、ああ、そうだが。やらんぞ。これは大事な預かり物だ。」
ドラゴン「いや、そんなことは言わん。そのネックレスの持ち主はよもや、赤毛のエルフではないか?」
まさと「ああ、そうだが。そいつが今重態なんだ。それでリストリアが要る。」
ドラゴン「なんと・・・・・そうか。頑張って動いた甲斐があった。」
まさと「あんた。ミュウを、知ってるのか?」
ドラゴン「ああ、確かそんな名だったな。昔に私の巣に迷いこんできたことがある。怖がりもせず、果物を私に分けてくれたよ。その娘は。」
まさと「・・・・・・ふっ、そうか、あいつらしい。」
ドラゴン「お前は、なんと言う?」
まさと「あ? 宗方、宗方まさと、だ。」
ドラゴン「そうか。覚えておくよ。昔ノスパーサの東に住んでいたドラゴンがよろしく言っていたと、ミュウに伝えておくれ。」
まさと「ああ、わかった。伝えるよ。じゃぁ、行ってくる。帰りはまたここ通るから。」
ドラゴン「ああ、一気に抜けられる様、それまでにもう2、3歩動いておくとしよう。ミュウのために。」
まさと「そうだな。助かる。」

俺は全力でマーガレットを加速させた。
リストリアはあった、岩陰の風のあまり通らない場所に。ひっそりと一輪だけ。
それを摘み取り、なくさない様に念入りに懐にしまうと、俺とポチは再びマーガレットで来た道を戻る。
自然回廊では、ドラゴンが大きく道を譲りこちらの様子をじっと眺めていた。

ドラゴン「急げよ。」
まさと「ああ、随分と大盤振る舞いに動いてるじゃねぇか。5歩か?」
ドラゴン「いや、7歩だ。お前のおかげだ。異世界より来たりし者よ。」
まさと「あぁ、気がついてたのか。」
ドラゴン「宗方まさと、この世界の名前ではない。宗方まさとよ、私からだ。勇者とは、勇ましき者と書く。しかし、勇ましいからといって勇者なのではない。選ばれれば勇者になれるのではない。貴き行いを成し得た者が勇者と呼ばれるのだ。忘れるな。」
まさと「・・・・・貴き行い・・。ははっ。結構ハードル高そうな。」

俺はドラゴンに向かって拳を突き出す。
なぜか、俺には、ドラゴンが微笑んでいる様に見えた。
ドラゴンが微笑むかどうかは知らないが。
そして、村に向けて再びマーガレットを走らせた。

まさと「マーガレット・・・村までもてばいい、ぶっ飛ばしてくれ。」
マーガレット「リョウカイ! オーバーブーストシヨウシマス。」

とたんにぐんと前に引っ張られた。すさまじい加速をして行くマーガレット。

ドラゴン「・・・・・勇者まさとよ・・・ルーンの加護があらんことを。」

ドラゴンがそんなことをいっていたのは俺は知らない。
ソーサルブースターを身につけたミュウは、かなり安定してきていた。

ミュウ「動けないんだけど。」
パール「仕方ないわ。調整してないもの。まともに喋れる様になっただけまし。」
ミュウ「ん。・・・恥ずかしいんだけど。」
パール「文句が多い。」
ミュウ「ん。・・・あの馬鹿遅いね。」
パール「信じて待つんでしょ?」
ミュウ「ん。」

やがて、けたたましいジェットの音が、聞こえてくる様になる。
そして、最大級に大きくなったかと思うと、シルフィーの家の前で衝突音。

まさと「うゎわわわわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅひゃぁぁぁぁぁっ!」

<ざ・・・がざざざざざざざっ・・・・・・・ずん!>

パール「戻ったわね。」
ミュウ「うん。これ、もうはずしても良いかな。」
パール「つけておくほうが安全だけど、ま、動けないしね。大丈夫でしょう。」

俺は、減速を誤って、川原に不時着、というより、ほとんど墜落していた。

まさと「ポチ! 無事かぁ!?・・・・・お?」

ポチは土手で気絶していた。マーガレットは、ちょっと先で、地面に突き刺さっている。
よくもまぁ、この状態で、俺も、ポチも無事だった。
俺は、服の汚れなど気にすることなく、そのままシルフィーの家にどかどかと上がりこみ、ミュウが寝かされているはずの部屋に入った。

まさと「おう。」
ミュウ「やぁっ。」
まさと「よし。しぶといな。」
ミュウ「んー。まぁ。」
まさと「ほれ。あったぞ。」
ミュウ「一輪だけ?」
まさと「ああ、それだけしか咲いてなかった。」


他の者は固唾を飲む様に黙ってみている。
長老が静寂を破る。

長老「よし。それじゃわしが煎じてやろうかの。こういう時は年寄りの出番じゃ。」
まさと「ああ、頼むよ。」


俺は、ベッドのミュウに一番近いところでどかっと座りこむ。
いや、疲れていたので、立ってられなかった。

まさと「そうだミュウ、ドラゴンの墓場でな。ノスパーサの東に住んでたっていう、ドラゴンに会ったぞ。お前によろしくって言ってた。」
ミュウ「え。あ、それだめっ!」
まさと「ほえ?」
おばさん「はぁ、そんなことまで。東の鍾乳洞は立ち入ってはならぬとされている場所です。ミュウったら・・・。」
ミュウ「えー、あー、すんません。子供の頃のことだから。こんなちっさい。」
カイゼル「そんなに小さかったらまだ生まれてないぞ。」
ミュウ「うぅっ。」
まさと「あ、まずかったか。すまん。」
ミュウ「ん。いいや。どうしてた?」
まさと「あぁ、まぁ墓場だからな。寿命が近いらしいが。果物をもらったのを懐かしがってたぞ。」
ミュウ「そうかぁ。あん時のことをまだ覚えてくれてんだ・・・。」


ふと横を見ると。マリンさんがすぐ横にきてそれはもう嬉しそうな顔をしている。

まさと「あ、き、きてやってくれてたんすね。マリンさん。」
マリン「・・・・お・ね・ぇ・さ・ん。」
まさと「え! いや! けど! え!?」
マリン「いいのいいの。もう隠さなくってよくなったから。」
まさと「え、そうなんすか?」
ミュウ「へへ。口滑らせちゃった。」

ミュウは、ペロンと舌を出す。その舌は、まだまだ血色が良いとはいえないものだったが。
と、突然また、後から抱き付かれる。シルフィーだ。

まさと「ぅお。」
シルフィー「おかえり・・・なさい・・・。」
まさと「ああ、ただいま。」

シルフィーはそのままきゅうっと抱きついたまま離れない。
困った構図。そういうやつだが、まぁ、そのままにさせておくことにした。
ミュウだってそれを見てうれしそうにしてるから。
しばらくすると長老がリストリアを煎じた物を持ってきてくれた。
ミュウは、それを、臭いだの、不味いだの、変わりに飲めだの、文句ぷーぷーいいながら、全部飲み下した。

パール「あああああああああっ私のマーガレットォォォォォォーーーーーーーー!」

外の様子を見に行ったパールの悲鳴が聞こえた。
ああ、突き刺さったままにしてきちまったっけ。後で謝っておこう。ポチは目を覚ましたろうか。
と思ったら、いつの間に目を覚ましたのか、俺のすぐ後ろで、犬になって控えてる。忍者かお前は。
とはいっても、今回の功労者はこのポチだ。
俺は手を伸ばして、頭を弾む様になでてやる。

まさと「ご苦労さん。」
ポチ「わふふっ。」


うれしそうだ。

ミュウ「んー、楽になってきたかな?」

そのミュウの声を聞いて凄く安心した。
が、次の瞬間、意識が朦朧として、俺はミュウのベッドにもたれるようにして、意識を失って行った。
なんか、頭をなでられた気がしたんだが。多分、傍にいたマリンさんだろう。
セントヘブンへ向かってから、色々ありまくりだったから、そりゃ、疲れも溜まっていた。多分その疲れが一気に来たんだろう。
夢もなにも見なかった。
どのくらい眠ったのか、俺が目を覚ますと、ミュウは、ベッドの中で上体を起こして、それはもう、美味そうに果物をむしゃむしゃやりながら、俺の頭をなでていた。

まさと「あ、俺、どのくらい寝てた?」
ミュウ「むー。3時間くらいかな?」
まさと「調子どうだ?」
ミュウ「いいよ。食べる元気出てきた。」
まさと「そうか。みんなは?」
ミュウ「祭事場。みんなで調べ直しするんだって。」
まさと「そうか。まずは現場、だな。」
ミュウ「うん。」
まさと「ところで。俺の頭、なでてたのって、ずっとお前?」
ミュウ「うん。」
まさと「マリンさんじゃなくて?」
ミュウ「ううん。違うよ。ねぇさんはぜんぜん。」


てっきりマリンさんとばかり思っていたんだが。そうか、ミュウが。

まさと「そうか。じゃぁ、こういうこともそうそうないだろうから、もうちょっとなでててくれ、俺は、もうちょっと寝る。」
ミュウ「ん。わかった。あたしは食べてる。お休み。」
まさと「おう。あ、飽きたらなでるのやめていいからな。」
ミュウ「ん。」

その後、俺が起きると、ばぁさん、カイゼル、マリンさん、シルフィーが戻ってきていた。ファルネも、その辺にいる。
パールは、表でなんかぶつぶついいながらマーガレットの状態を調べてるそうだ。い、今はそっとしておこう。
結局、祭事場にはなんの仕掛けもなかったらしい、魔獣は、偶発的か、何らかの方法で送り込まれてきたのではないかという結論になったそうだ。
儀式のほうも式手順としては無茶苦茶だったが、やはり、成立はしているのではないかと言う話しになった。
しかし、そこでシルフィーの待ったが入った。

シルフィー「最後まで、きちっとやらせて欲しいの・・・・・ダメ?」

誰も反対はしなかった。
そこに居たメンバーでもう一度祭事場に入り、さっきのことも考慮して、厳重に結界もはったらしい。
マリンさんの要望もあって、覚醒の儀をもう一度頭から行うことにした。
読経からはじまって、シルフィーの舞い、水ごり、そして、今また、シルフィーは俺の上へ。
いよいよここからさっきやれなかった、聖印を刻み、のくだりだ。
だったが。
ここで、俺は大きな計算違いをしていたのを、身をもって知った。

まさと「うひゃ・・・はわっ。」
シルフィー「う、動かないで下さい・・・・印が歪んじゃいますぅ。」


小道具のインクが出る剣で書くというのは、やたらとくすぐったかったのである。
実際に剣で刻まれる痛みよりはましなのだろうが、俺はもう、それをこらえるのが大変だった。
しかも、俺を押さえようと思ったのか、シルフィーが膝で俺の脇の部分を左右から締めてきたので、なおさらくすぐったく。
見ている者も笑いをこらえるのが大変と言う始末。よく、この状態で、シルビーは読経を続けていられる物だ。
それがどうにかこうにか書き終わって、いよいよ真剣の登場だ。

シルフィー「あの・・・・今度はほんとに動かないで下さいね。危ないですから。」
まさと「おう。」

それはそうだ。
真剣を突き立てられているときに動けば命に関わり兼ねん。

まさと「ぃちっ!」

素早かった。
シルフィーは剣を俺の胸に書かれた丸の外周のところに軽くあてたかと思うと、一気に反対の外周まで剣を引き動かした。相当練習したんだろうな。
もしここで、ゆっくりやられたら、俺は耐えて居られなかったかもしれない。熟れと思い切りを感じさせる素早さだった。
やがて切り口からじわっと広がる痛みとともに、粒の様に血が盛り上がる。
シルフィーはそれを剣につけると、順に三つの神器に剣をあてがっていく。
それが終わると、剣を一度両手で掲げた後、横に置き、両手の手の平を俺の胸につきたてるように乗せた。

シルビー「彼の者に力を! 彼の巫女に愛を! 彼の者達に永劫の祝福と誉れを与えたもう! ルーンよ、いざ力を!」
シルフィー「ルーンよ、いざ力を!」


いい終わると、シルフィーは両手で愛おしげに、俺の頬を包む様にすると、上体を倒し。口付けをする振りをするはずだった。

シルフィー「ん。」
まさと「!」


・・・・・ほんとうにされちゃった。
しばらく、そのままで、数秒か、数十秒か、俺自身、動揺していたので正確にはわからないが、口付けしたままで時間が過ぎる。
やがて、ゆっくりとシルフィーは離れ、上体を起こす。

シルフィー「・・・・・はい、終わりました。」
まさと「あ・・・・あぁ・・・・・。」

シルフィーは恥ずかしげにそそくさと俺の上から体をどけると、台座の端に座り直した。

ミュウ「くっ・・・くっくっく・・。」

なんか、ミュウが非常に面白がって笑ってるような気がするんですが。
きっと、俺は、口付けされてしまった瞬間、間抜けな顔をしてしまったんだろう。
いや、今でもそれは続いてるかも。顔の筋肉全て力が入ってない気がする。

シルビー「あー。終りじゃ。後は、朝まで、二人きりで過ごすことになっとるが、どうするかいのぉ?」
まさと「いっ?」
シルフィー「わたしはそうしたいです。嫌じゃなければ。」
まさと「え、えぇっと。」
シルビー「一緒に居ればいいだけじゃ。とくに、決まり事はない。」
まさと「あー、なら、それでもいいよ。」
シルフィー「うん。まさとさんと、いっぱいお話ししたい。」
シルビー「では。邪魔者は退散するぞぃ。ほれ、急いだ急いだ。」


シルビーに急かされて、皆退室して行く。
ミュウは、部屋を出るときにこちらを振り返り、投げキッスのポーズ。
いやはや、完全におちょくられてますってやつか。

シルビー「どうじゃ。何か変化はあったか?」
まさと「いや、今回は。最初の時のほうがなんか色々あった気はするんだけど。盾が熱くなったり。」
シルビー「そうか。どうやら、お前さんが勇者である可能性がにわかに高まってきたのぉ。」
まさと「どうだろうね。」

その時、ドラゴンの言ったことが思い出される。

−選ばれれば勇者になれるのではない。貴き行いを成し得た者が勇者と呼ばれるのだ。−

まさと「いや、これで、勇者だってんなら、誰にだってなれるさ。」
シルビー「うむ。そうかも知れぬな。ではな。」

シルビーも上に上がって、シルフィーと二人きりになった。
控え室から毛布を持って来て、それに包まる様に二人で、台座の脇を背もたれにして座る。
シルフィーの巫女衣装は水ごりで濡れたまで、朝まで着替えてはいけないらしい。それではと、毛布に包まることにしたのだ。

シルフィー「最後の。ごめんなさい。」
まさと「あ、あぁ。あれか。びっくりした、びっくりした。」
シルフィー「私も納得したかったから・・・・・・つい。」
まさと「そうか。良いんじゃないか、ミュウにはウケてたし。」
シルフィー「・・・はい。」
まさと「あ、いちち。」
シルフィー「あ。我慢してくださいね。一応、最初の時は傷が大きかったから、治しましたけど、回復魔法で直しちゃいけないことになってるから。」
まさと「ああ、このくらいなら、平気だよ。切り口が綺麗から跡も残らねぇだろ。しかし、切るの上手かったなぁ。」
シルフィー「うん。そう思って、いっぱい練習・・・ううん。」
まさと「やっぱそうか。頑張ったんだな。」
シルフィー「う・・・うん。」

そこで気が付いた。ファルネがまだ、舞台の端にちょこんと腰掛けている。
小さいし、今は、余り光ってない様なので、気がつかなかった。

まさと「あ、ファルネって、居ていいの?」
シルフィー「え? あ、・・・・・どうだったかなぁ?」


ファルネは、こちらを振り返ると、こくっとうなづく。居て構わないってことだろうか。
まぁ、聖地の番人がいいというのだから、いいのだろう。

まさと「スサノオってのも、こうやって、好きなコと、朝まで過ごしたって訳か。」
シルフィー「そうですね。どんな気持ちだったのかなぁ?」
まさと「さぁなぁ。こういっちゃなんだけどさ、そもそも、覚醒の儀って、最初から儀式だったんだろうかって思うようになってきた。なにせ、聞き伝えって事だろ?」
シルフィー「はい。書物は、大聖堂の巫女だけが読める心得だけです。それも、ここ数百年でまとめた物だそうです。」
まさと「・・・・・・実は、好きなコと、一緒に過ごしただけ。儀式とか全然関係なくて、ただそれだけのこと・・・それに尾ひれとか、別の話しがくっついて・・・・ああ、それもあんまりか。」
シルフィー「・・・・・いえ、わたしもそんな気は・・・してます。そういう気持ちなら、わかります。」
まさと「・・・まぁ、どっちにしろ、気合を入れるのには有効だな。こういうのは。」
シルフィー「そうですね。けど・・・。」
まさと「なに?」
シルフィー「はい。考えたら、全部、わたしのせいですね。まさとさんが大変なのは。」
まさと「え? なんで?」
シルフィー「わたしが・・・・・勇者様だ、って言い出したから。それで・・・。」
まさと「ああ、そうか。そういえばそうだったなぁ。けど、シルフィーのせいじゃないよ。ほっといても、伝説にぶち当たってたんじゃないかな。色々調べるうちに。」
シルフィー「・・・・・・はい、そう思うことにします。」
まさと「そうそう。」
シルフィー「・・・・・・まさとさん、ミュウのこと・・・。」
まさと「ん?」
シルフィー「あの・・・・ミュウと、これからも仲良くしてあげて下さい。」
まさと「ん・・・えっと・・・・仲が良いっていうのかなぁ?」
シルフィー「・・・最近のミュウ、とてもうれしそうだから。」
まさと「そ、そうなんか? シルフィーからそう見えるなら、そうなのか。」
シルフィー「はい。」

そしてそれからは、シルフィーに色々昔の思い出話を聞かせてもらった。
ミュウやアスフィーとの、楽しい思い出話を。
気が付けばどちらもいつの間にか眠っていた様で、気が付けば、通気口から朝の光がさし込んで来ていた。
ひさびさに、静かな朝を迎えられた気がする。
着替えて、リビングに行くと、ミュウが、楽しげに朝食を食べていた。

ミュウ「ん。おはよー。」
シルフィー「おはよぅ。」
まさと「おぅ。しかし、いつもながら、美味そうに食うなぁ。」
ミュウ「うん。で、どうだったかね。」
まさと「なにがだ。」
ミュウ「あの後、何かした?」
まさと「ぐうぐう寝た。」
ミュウ「えー。」
まさと「・・・・・何を期待してるんだお前はよぉ。」
ミュウ「別にぃ。食べるでしょ? 朝ご飯。」
まさと「おう。食うぞ。って、またはぐらかそうとしてるな?」
ミュウ「さぁ、どうかなぁ?」
シルフィー「お話してたよ。昔のこといっぱい。ミュウのこといっぱい。」
ミュウ「げっ。」
まさと「お。その様子だと、まだ俺の聞いてない恥ずかしい話は沢山ありそうだな。」
シルフィー「うん。あるよ。」
ミュウ「あぅあ。」


そうやって、朝飯を食ってると、おじさんとおばさんが、慌てて戻ってきた。どこかに行っていたみたいだ。

おじさん「・・・・マリンと、カイゼルが、襲われた・・・。」
おばさん「エルブンの宿に運ばれたわ、あなた達も急いで。」

マリンさんと、カイゼルが!? 俺達は、朝食の後片付けもそのままに、エルブンへ急いだ。
マリンさんとカイゼルは、近くの林の中で、覆い被さる様に倒れていたらしい。
マリンさんはカイゼルをかばったらしく、体中なにかで切られた跡があった。
カイゼル自身も腹に傷を受けており、二人とも意識不明。ルビーとばぁさんの回復魔法でかろうじて命を繋いでる状態らしい。

ミュウ「ねぇさんっ!」
まさと「なにが、あったんだ。おっさんまでこんな・・・。」
ルビー「大丈夫。パールが今、良い物を取りに自分のアトリエに戻ってるわ。」
まさと「いいもの?」
長老「魔導科学の粋を凝らした医療装置。と言っておったのぉ。」


<ドズン>

表でなにか大きな音と、地響きがした。

長老「戻ってきたかの?」

見に行くとパールは、家ほどもあろうかと言う、それの前に立っていた。
それとは、これが多分、ばぁさんの言っていた、医療装置だろう。
金属製のテントのような、円盤のような、とにかく形容しがたい物だったが、それが、そうであるのはわかった。

パール「遅くなってごめんなさい。単独で動かすのに時間が掛かったの。急いで二人を中へ。」

俺達は大慌てで二人を中に運びこむ。
中は、これでもかと言った感じで、機材が詰まっていた。
センサーのような物、モニターのような物、だが、メスなどの手術用のものは見当たらない。
あとは、でかい浴槽みたいなのがあるだけだ。

まさと「これって、ひょっとして・・・・。」
パール「気付いた? 魔導科学の技術で、切開せずに治療したり出来る物よ。その、試験段階のもの・・・・。」
まさと「試験・・・つかえるのかよ・・・。」
パール「大丈夫よ、最終的な微調整を残してるだけだから。あと、残ってるのは臨床試験くらいかしら。さぁ、手伝って・・・・。」
まさと「お前、こんなの研究してたのか。なんか、がらっと、魔導科学のイメージ変わったぞ、今。」
パール「それは、うれしいわね。」


治療の為、服を脱がせる必要があるらしく、おれはカイゼルを、パールはマリンを脱がせにかかる。
男を脱がせるのは大変抵抗があったが、そうも言ってられない。
下着ぐらいはつけてても構わないと言うことだったので、そのように。
鎧一式をはずし、マスクを取ったところで、パールがこちらを見入って驚きの声をあげた。

パール「え!? ま、まさか?」

あ、まずい。顔を見て、ラルフだと気がついたか。

パール「そういうことだったの・・・あなた、この人が誰か・・・・いいわ、あとは私がやる。」
まさと「あ、おい!」


追い出された。
俺はおっさんの正体は知ってるから、別段、居たって構わなかったのだが。

パール「いい? 誰も入ってこさせないで。治療は任せてくれて大丈夫だから。」
まさと「あ、俺は。・・・いや、頼む、ぞ。」
パール「ええ。」


そう言うと、パールは中に戻り、鍵をかけたらしい。
確かに、他の皆に中にいるのがラルフだとばれたら、都合悪いこともあるだろう。
事情をある程度知ってる俺が表に居たほうが、なにかと都合も良いってものだ。

ミュウ「ど、どうなのよっ!」
まさと「ああ、まかせよう。あっちは、パールの専門だ。まかせるしかない。」
ルビー「魔導科学の腕は・・・確かだったと思うわ。」
長老「そうじゃのぉ。とにかくわしらはエルブンで待つぞ。」
まさと「ああ、魔導科学のパール、は、伊達じゃないってこと、だ。」
ミュウ「・・・・わ、わかった。」

とにかく、俺達は、今、なにが起こってるのか、エルブンで考えてみようと言うことになった。
昨日の魔獣と言い、今回のことと言い、誰かが仕掛けてきているのは、どう考えても間違いはなさそうだった。
それにしても、敵の姿が見えないのが、なんとも不気味だ。
ダイアなのか、それとも、それ以外の誰かか。
ルビー、パールでないのは、これまでのいきさつからして、ほぼ間違いないだろう。
現に、ルビーは、目の前で、難しい顔をしているし、パールは、治療に専念している。
あとは・・・・。

まさと「考えたくないんだけどさ。」
長老「なんじゃ。」
まさと「アスフィーは・・・・。」
長老「お前さんもそう思うか?」
ミュウ「え?」
長老「アスフィーは、昨夜からどこにも姿がない。何か関わりがあるかも知れんのぉ。」
ミュウ「うそっ!?」
シルフィー「・・・・・・・・。」
まさと「あ、まぁ、あれだ、どこかで用を足してるとか、そんなのの可能性もあるし。」


ここにアスフィーが居ない以上、どうとも言えない。
とりあえず、言い出しっぺの責任として、その場を取り繕う。
その後も、色々考えをめぐらせてみる物の、誰からも、これといった意見は出ず、あっという間に半日が過ぎてしまった。